第22話 戦備充実方針
日英が激突したマレー沖海戦、それに日米が死闘を繰り広げたマーシャル沖海戦は戦艦に対する航空機の優位性が証明された戦いでもあった。
マレー沖で失われた六隻の英戦艦、それにマーシャル沖で葬られた七隻の米戦艦はそのいずれもが艦上機かあるいは陸上攻撃機の雷撃によって撃沈されている。
これら一連の戦いで航空機の威力が証明された半面、空母の脆弱さもまた露呈していた。
国家の存亡を賭けた二つの大海戦に勝利したはずの帝国海軍もその例外ではなく、「赤城」と「加賀」それに「龍驤」の三隻の空母をマーシャル沖海戦で一時に失っている。
その中でも「赤城」と「加賀」は同海戦で撃沈された米国の「レキシントン」それに「サラトガ」と並んでビッグフォーの称号を与えられ、国民の間だけでなく世界的にも有名な軍艦だった。
しかし、それら日米のビッグフォーはたった一度の海戦で全滅してしまった。
三隻の空母の喪失は当然のことながら帝国海軍の戦備に大きな影響を与えていた。
戦争が始まった以上、マル四計画やマル五計画といった古色蒼然とした艦艇充実計画に囚われている場合ではない。
戦争の実情に合わせた計画変更が必要だった。
当然のことながら、今や海軍戦力の主力と位置付けられるようになった空母こそを最優先で充実させることにしている。
その空母については他艦種からの改造と戦時急造艦の二本立てによってその戦力の向上を図る方針としていた。
まず、マル四計画に従って建造を進めている装甲空母の竣工を繰り上げる。
そのために可能な限りの資材や人材を優先的に送り込む。
また、二万トンを大きく超える二隻の大型貨客船の改造工事を急ぎ、さらに潜水母艦「大鯨」も同様に工事を加速させる。
これらに加えて「千歳」と「千代田」それに「瑞穂」と「日進」の四隻の水上機母艦を空母に改造する。
こちらは機関の換装の必要が無い「千歳」と「千代田」が昭和一七年秋、換装が必要とされる「瑞穂」と「日進」は昭和一七年末か遅くとも昭和一八年初頭の完成を目指す。
一気に充実を図る空母とは裏腹に、水上打撃艦艇のほうは新規建造を大幅に削減する。
「大和」型戦艦三番艦はこれを空母に改造し、四番艦については建造を中止する。
巡洋艦も大鉈を振るう。
二隻の建造が検討されていた改「鈴谷」型重巡についてはこれを完全に取りやめる。
また、四隻が計画されていた水雷戦隊旗艦用の新型軽巡はこれを二隻で打ち止めとし、起工されたばかりの三番艦と未着工の四番艦はこれを建造しない。
駆逐艦については、「夕雲」型駆逐艦の建造を七番艦までとし、起工したばかりの八番艦と未着工の九番艦以降は建造せず、代わりに防空能力に秀でた乙型駆逐艦を充実させる。
また、今後米英との長期戦が予想される、つまりは駆逐艦の需要が間違いなく増加することに対応するため、短期建造が可能な戦時急造型駆逐艦の設計ならびに建造準備に着手する。
それら駆逐艦と同様、空母もまた戦時急造型を整備する。
「飛龍」の設計をベースに各部を改良あるいは簡易化したもので、製造に手間のかかる機関については建造が中止になった巡洋艦のものを流用し、それでも不足する分については「陽炎」型駆逐艦の主機や主缶をこれにあてることにしている。
見込まれる建造期間は二年程度なので、工事を急げば一番艦は昭和一八年末か遅くとも昭和一九年一月までには完成出来る見込みとなっている。
さらに、これらとは別に「長門」型以前の旧式戦艦や各型の重巡、それに軽巡が空母改造のベース艦として俎上にのぼった。
さすがに軽巡は艦型が小さ過ぎるとして却下されたが、戦艦と重巡については継続審議となっている。
ただ、これらの改造については「赤城」や「加賀」のノウハウがある一方で、新規建造と変わらないくらいに資材と手間が膨大になる。
このことで艦政本部が難色を示しているが、しかし「金剛」型の四隻についてはその艦型の大きさならびに脚の速さもあって空母への改造が決定される。
三〇ノットの高速を誇る「金剛」型戦艦は機動部隊の護衛にはうってつけだが、しかしどんなに頑張っても空母ほどの価値は持ちえない。
それに、試算によれば空母に改造した場合、現行機種であれば五四機程度の艦上機の運用が見込めるという。
これは、ほぼ「蒼龍」や「飛龍」に匹敵する数字であり、四隻すべてを改造すれば「赤城」や「加賀」の喪失を補って余りある。
それに、艦艇建造の最大のネックである大出力エンジン製造の問題は考えなくてもいいし、元が戦艦だから抗堪性も高い。
改造については一部の鉄砲屋が反対したものの、しかしマレー沖海戦やマーシャル沖海戦の実績はあまりにも大きく、結局「金剛」型戦艦の空母化もまた最優先で進められることになった。
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