第21話 長官の苦悩

 マーシャル沖海戦の戦捷に沸き返る国民とは違い、連合艦隊司令長官の山本大将は表立ってこそ意気軒昂の振る舞いを演じているものの、しかし内心は完全に意気消沈といったところだった。

 日米初の艦隊決戦となったマーシャル沖海戦で連合艦隊は空母二隻に戦艦七隻、それに巡洋艦一隻ならびに駆逐艦五隻を撃沈するという大戦果を挙げた。

 東洋艦隊を撃滅したマレー沖海戦と合わせれば、開戦から一月足らずの間に実に一三隻もの戦艦を屠ったことになる。

 さらに、米英合わせて三隻の空母をはじめ多数の補助艦艇も撃沈破している。

 米英の大艦隊に挟撃されてなお帝国海軍将兵らは健闘し、英国の東洋艦隊と米国の太平洋艦隊を立て続けに撃破するという奇跡を演じてくれた。


 だが、その一方で連合艦隊もまた深手を負った。

 なにより痛かったのはマーシャル沖海戦で「赤城」と「加賀」、それに「龍驤」の三隻の空母を一時に失ってしまったことだ。

 三隻の空母は、そのいずれもが敵艦上機の爆撃によって沈められた。

 それでも、山本長官としては「龍驤」の撃沈はまだしも納得がいった。

 一万トンそこそこの船体しかもたない防御力が貧弱な小型空母が五〇〇キロ爆弾と思しき大型爆弾を立て続けに食らってしまったのだから、沈没に至ったとしても不思議ではない。


 予想外だったのは「赤城」と「加賀」のほうだ。

 報告を信じるのであれば、両艦はともにSBDドーントレス急降下爆撃機が投じた爆弾をそれぞれ五発被弾。

 爆弾による直接破壊もさりながら、その後に発生した火災を消し止められなかったことが致命傷となった。

 端的に言えば、船火事で日本最大の空母が沈没してしまったのだ。

 もちろん、「赤城」も「加賀」も軍艦だから、電線や消火用の配管、それに電話線などは抗堪性や冗長性を持たせるために多重化あるいは複線化を施してある。

 だが、それらの多くは被弾と同時に機能不全となり、スペック通りの性能を発揮することが出来なかった。


 「水が出ません」

 「装置が起動しません」

 「電話が不通です」


 マーシャル沖海戦で「赤城」と「加賀」が被弾して後、艦内のいたるところでこのような悲鳴や怒号が飛び交っていたという。

 予想外の応急指揮装置の不調に加えて被害を大きくしたのが、こちらもまた想定外の艦内塗料と電線の炎上と延焼だ。

 炎によって炙られた艦内塗料は燃え上がり、さらに電線を伝って火が艦内各所に伝播する。

 そのうち火勢は手が付けられないまでに大きくなり、やがてそれが「赤城」と「加賀」にとっての命取りとなった。


 この事実に驚愕した帝国海軍はすべての艦艇に対し、塗料を不燃性あるいは難燃性のものに塗り替えるとともに、応急指揮装置を増設あるいは更新するなどして被害時の抗堪性を向上させることにしている。

 そして、被害とともに想定外だったのが米国とその国民の動きだった。


 (軍事的整合性を無視してまで戦艦を攻撃、その撃沈には成功した。しかし、その効果は思っていたほどでは無かった)


 山本長官の胸中は苦いもので満ちている。

 マーシャル沖海戦の際、艦爆中心の第一次攻撃隊によって敵空母の飛行甲板を破壊、艦攻主体の第二次攻撃隊で戦艦を雷撃するよう指示を出したのは誰あろう山本長官だ。

 開戦劈頭のマレー沖海戦で戦艦よりも航空機、つまりは空母の優位性はすでに証明されている。

 にもかかわらず、第二次攻撃で空母にとどめを刺すことよりも戦艦への攻撃を優先させたのは政治的効果を狙ってのことだ。


 山本長官は開戦劈頭で太平洋艦隊、特に戦艦群を壊滅させれば米国民の戦争継続の意志を阻喪せしめることが出来るかもしれないと考えていた。

 そのためには多少の空母の犠牲は覚悟していたし、実際三隻の空母を失っている。

 確かに、山本長官の読み通り太平洋艦隊の壊滅を受けてハワイや西海岸の一部住民の間でパニックが起こった。

 だが、効果はその程度でしかなかった。

 そして、今ではハワイや西海岸の住民らは以前の落ち着きを取り戻しているという。

 その第一の理由として、合衆国政府が多数の戦艦や空母を大西洋から太平洋へ回航させると発表したからだ。

 空母が二隻に戦艦が五隻、さらに多数の巡洋艦や駆逐艦もまたそれらに付き従うという。


 (開戦劈頭の大打撃にもかかわらず、米国が戦争をやめる気配は微塵も無い。一方で我々は一航戦という帝国海軍最高戦力を喪失した。日本にはもはやハワイを攻略出来る力は無い。つまり、私が望む短期決戦早期和平の道は完全に閉ざされてしまった)


 山本長官は米国の恐ろしさを誰よりもよく知っている。

 戦争が長引けば、いずれ日本の国土は米軍機によって蹂躙され、灰燼に帰すことも。

 それをどうすれば回避することが出来るか、いくら知恵を振り絞っても妙案が思い浮かばない。

 戦勝祝賀だと言って浮かれる一般的な日本人とは裏腹に、山本長官の苦悩は深まるばかりだった。

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