第19話 海戦の終焉

 「蒼龍」から零戦六機に九九艦爆一〇機、それに九七艦攻が一六機。

 「飛龍」から零戦六機に九九艦爆九機、それに九七艦攻が一七機。

 合わせて六四機からなる第三次攻撃隊は三群ある米空母部隊のうちの二群に的を絞って攻撃した。


 太平洋艦隊との戦闘が始まるまで、一航艦の各空母には合わせて九九艦爆が八一機に九七艦攻が一〇二機あった。

 しかし、それらの多くが被弾損傷したりあるいは未帰還となったりしたことで稼働機が激減している。

 特に九九艦爆の被害は深刻で、その稼働機は四分の一以下にまで落ち込んでいる。


 九七艦攻のほうは「蒼龍」「飛龍」ともに雷装が一一機で、残る機体は二五番を二発搭載している。

 本来、戦艦や空母といった大型艦を攻撃するのであれば雷装が望ましいのだが、しかし魚雷搭載本数が少ない「蒼龍」と「飛龍」ではすべての在庫をかき集めてもそれぞれ一一機分しか準備することが出来なかったのだ。

 残る機体についてはその攻撃方法として緩降下爆撃を用いることにしている。


 そのような中、淵田中佐は母艦である「赤城」を撃破されたためにやむを得ず「飛龍」に着艦、そこで第三次攻撃隊の総指揮を執るよう指示される。

 米機動部隊は三群あるが、空母については第一次攻撃の際にその艦種識別はすでに済ませてあった。

 中央の輪形陣に「ヨークタウン」級、その左右の同じく輪形陣には「レキシントン」級の二隻が位置していた。

 淵田中佐は「蒼龍」隊の指揮のほうは「加賀」の橋口少佐に委ねる。

 彼もまた淵田中佐と同様、母艦である「加賀」を傷つけられて「蒼龍」に着艦した異動組だ。


 淵田中佐は「飛龍」隊を率い、部下たちを狙うべき空母群に誘う。

 橋口少佐率いる「蒼龍」隊は左翼、そして淵田中佐が直率する「飛龍」隊は右翼のいずれも「レキシントン」級空母を目標としている。

 新しい「ヨークタウン」級を攻撃するのではなく「レキシントン」や「サラトガ」を狙うのは彼女たちが「赤城」や「加賀」と並ぶビッグフォーとして有名な存在だからだ。

 すでに、太平洋艦隊の戦艦はすべて撃沈するかあるいは沈没寸前の状態となっている。

 さらに、ここで彼女たちまで撃沈されるようなことがあれば、米海軍や米国民の受けるショックは相当に大きなものになるだろう。

 九九艦爆や九七艦攻に襲いかかってくる米戦闘機の姿は無い。

 米空母はそのいずれもが飛行甲板を盛大に破壊されて迎撃機を出すことが出来ないのだ。


 「攻撃手順は出撃時に指示した通りだ。まず、艦爆隊が輪形陣外郭の護衛艦艇を叩き、しかる後に艦攻隊が突入する。

 その後、村田隊は左から、松村隊は右からそれぞれ敵空母を雷撃せよ。爆装艦攻隊もまた雷撃隊と同時に敵空母を攻撃する。全機、かかれ!」


 淵田中佐の号令一下、九機の九九艦爆が三機ずつに分かれ、輪形陣の前方を固める三隻の駆逐艦に急降下する。

 対空砲火は相変わらず激しいが、それでも第一次攻撃によって被ったダメージの分だけその勢いは減衰している。

 一機の九九艦爆が敵の火箭をまともに浴びて爆散するが、残る八機は投弾に成功、洋上に五本の水柱と三つの爆煙がわき立つ。


 その頃には六機の九七艦攻が左から、五機の九七艦攻が右から「レキシントン」級空母を包み込むようにして包囲網を狭めていく。

 残る六機の九七艦攻は九九艦爆よりはるかに浅い確度で「レキシントン」級空母の上空を航過しつつ腹に抱いてきた二発の二五番を投下する。


 そのいずれもが一騎当千の熟練で固められた「飛龍」隊や「蒼龍」隊。

 その猛攻から「レキシントン」級空母は逃れることが出来ない。

 「飛龍」隊の攻撃が終わったとき、目標とした「レキシントン」級空母は左舷に二本、右舷にも同じく二本の魚雷を食らって速度を大きく衰えさせていた。

 さらに、飛行甲板にも二発の二五番が命中し、火災を生じさせている。


 「撃沈出来るかどうかは微妙だが、少なくとも脚を奪うことは出来たようだな」


 攻撃が成功に終わったことで淵田中佐は安堵の息を漏らす。

 現在、第一艦隊が米機動部隊と米戦艦部隊の残存艦艇を捕捉すべくこちらに急行している。

 いくら「レキシントン」級空母が韋駄天だとはいっても、四本もの魚雷を食らえば第一艦隊から逃れることはまず不可能だろう。

 淵田中佐が戦果確認とそれに伴う情報整理をしている間に別の一群を攻撃していた「蒼龍」隊からも戦果報告が上がってくる。


 「『レキシントン』級空母に爆弾三発と魚雷三本命中。

 速度大きく低下。大破は確実なれど撃沈には至らず」


 「蒼龍」隊からの報告に淵田中佐は「レキシントン」と「サラトガ」の命運が尽きたことを確信する。

 現時点で太平洋艦隊には二つの選択肢がある。

 第一艦隊から逃れるために「レキシントン」と「サラトガ」を処分、つまりは撃沈して避退すること。

 もうひとつは水上打撃部隊の残存艦艇と空母部隊の護衛艦艇を糾合して第一艦隊と戦い、その間に脚の衰えた「レキシントン」と「サラトガ」を逃がすことだ。


 だが、戦艦を六隻も擁する第一艦隊に比べて米水上艦艇はその最大戦力でも重巡止まりであり、しかも少なくない艦が九九艦爆が投じた二五番によってダメージを被っている。

 万事に合理的な米軍が、勝ち目の無い敵を相手どって傷口を広げるようなことはしないはずだ。

 それに、たとえ「レキシントン」と「サラトガ」を失ったとしても、実戦経験を積んだ将兵さえ無事であれば米国の工業力を考えればその再建は容易だ。


 淵田中佐の予想は的中する。

 太平洋艦隊は「レキシントン」と「サラトガ」の乗組員を退艦させた後に両艦を撃沈処分した。

 生き残った艦艇は最大戦速で戦域を離脱、第一艦隊という虎口から逃げ切ることに成功する。

 後にマーシャル沖海戦と呼称される戦いがここに終わりを告げた。

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