第16話 九七艦攻隊猛攻

 第二次攻撃隊は「赤城」と「加賀」からそれぞれ零戦六機に九七艦攻二四機、「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ零戦六機に九七艦攻一六機の合わせて一〇四機からなる。

 その第二次攻撃隊の艦攻搭乗員らは意外な命令を受けていた。


 「第二次攻撃隊の目標は戦艦だ。空母には一切目をくれるな」


 第二次攻撃隊指揮官であり「赤城」隊を直率する淵田中佐はこの命令に対して懐疑的だった。

 開戦劈頭に生起したマレー沖海戦で戦艦は飛行機に勝てない、つまりは戦艦の価値は空母以下だということが証明された。

 ならば、最優先で叩くべきは空母のはずなのだが、しかし上層部は戦艦を攻撃しろという。

 詳しい内容は説明してもらえなかったが、おそらく多数の戦艦を沈めることで米国民に日本軍に対する恐怖心を惹起せしめることが目的なのだろう。


 帝国海軍軍人と違い、一般人は空母よりも戦艦のほうが強くて価値が高いものだと信じている。

 まあ、帝国海軍軍人の中にもいまだに戦艦の優位性を信じて疑わないアホもいるが、しかしそれは例外中の例外だ。

 いずれにせよ、戦艦を大量に失うようなことがあれば、相手国民に与えるインパクトは絶大だ。

 実際、マレー沖海戦後には英国で政治的混乱が巻き起こり、シンガポールでは同地に住む英国民の間でパニックに近い空気が醸成されているという。

 それを米国相手にも適用しようと、つまりはそういうことだろう。

 政治的合理性が軍事的合理性より優先されることは仕方が無い。

 軍事というものは、しょせんは政治の延長でしかないのだから。

 そんな淵田中佐の思考も、しかし米戦艦部隊が視野に入ったことで中断される。


 「報告通り七隻だな」


 中央に七隻の大型艦が単縦陣を形成。

 その左右には一〇隻ほどの中型艦と小型艦が並進している。


 「目標に変更は無い。『加賀』隊一、二、三番艦。『蒼龍』隊四、五番艦。『飛龍』隊六、七番艦。

 零戦隊は左翼の巡洋艦ならびに駆逐艦を攻撃せよ。『赤城』隊は別命あるまで敵対空砲火の射程圏外で待機せよ」


 淵田中佐の命令一下、二四機の零戦が小隊ごとに散開、敵艦隊の左翼に位置する巡洋艦や駆逐艦に狙いを定める。

 第二次攻撃隊の零戦はそのいずれもが二発の六番を搭載していた。

 爆弾としては小型の六番も、しかしその重量は大型軽巡洋艦が装備する六インチ砲弾に匹敵する。

 装甲が無い駆逐艦がこれを食らえばただでは済まないし、巡洋艦相手でも相応のダメージを与えることが可能だ。

 零戦は九九艦爆のような急降下爆撃による精密爆撃は出来ないものの、それでも角度が浅い緩降下爆撃であれば可能だ。


 米巡洋艦や米駆逐艦に次々に六番を投下していく零戦ではあったが、しかし命中したものは数えるほどでしかなかった。

 それでも、敵の隊列を乱すには十分で、その綻びをついて九七艦攻が米戦艦に肉薄する。

 七個中隊五六機による左舷からの一斉雷撃に対し、米戦艦は対空砲火を撃ち上げながら取り舵を切る。

 回頭しながらの射撃なので命中率は低いものの、それでも火を噴きあるいは爆散する九七艦攻の姿も散見される。

 対空砲火に回避運動にと必死の防戦に努める米戦艦は回頭性能こそそれなりだが、一方で脚は二〇ノット程度と極めて遅い。

 三〇ノットを超える高速空母で雷撃訓練を重ねてきた一航戦や二航戦の手練れたちは余裕で機位を微調整、それぞれが必中射点に到達する。


 「射テッ!」


 七人の中隊長のそれぞれが気迫を込めて魚雷を投下、部下の機体もそれに続く。

 八機から七機あるいは六機に減った九七艦攻が放った魚雷は、しかし淵田中佐が期待していたほどには命中率は高くなかった。

 戦果確認をしていた淵田中佐自身と、さらに部下の報告を信じるのであれば、敵一、五、六番艦は二本命中、二、三、四、七番艦は三本命中したとのことだ。

 五六機もの九七艦攻が雷撃を敢行して命中したのは一八本のみ。

 投雷前に撃墜された機体も少なからずあったはずだから単純計算は出来ないが、それでも命中率が三割台なのは間違いないだろう。


 たかだか二〇ノット程度しか出せない相手にこの成績は物足りないが、それでも効果は劇的だった。

 片舷に三本の魚雷を食らった二、三、四、七番艦は脚を止め、大きく左舷を下にして傾いている。

 残る一、五、六番艦も大きく速度を衰えさせ這うように進むだけだ。


 「第一中隊、一番艦。第二中隊、五番艦。第三中隊、六番艦。

 敵は静止目標も同然だ。必ず仕留めろ!」


 直率する「赤城」艦攻隊に煽るような命令を出しつつ、淵田中佐の機体は低空に舞い降りて敵一番艦に突撃する。

 被雷によって艦が傾いているのだろう。

 敵の対空砲火は射撃の正確さを欠いている。


 (撃沈確実だな)


 胸中でそうつぶやきつつ、淵田中佐は投雷の瞬間を待った。

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