第15話 九九艦爆隊猛爆

 第一次攻撃隊は「赤城」ならびに「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ零戦九機に九九艦爆一八機、それに「加賀」から零戦九機に九九艦爆二七機の合わせて一一七機で、その目的は米空母の飛行甲板を破壊、航空機の運用能力を奪うことであった。


 その第一次攻撃隊は米機動部隊を視認する前から敵戦闘機のありがたくない出迎えを受けた。

 第一次攻撃隊の搭乗員らは一〇機あまりの編隊が三つ、こちらに向かってくるのを視認する。

 発見された米空母は三隻だから、それらから発進した迎撃機だろう。


 その三つの編隊に対し、志賀大尉率いる「加賀」隊と菅波大尉の「蒼龍」隊、それに岡島大尉の「飛龍」隊が九九艦爆に近寄らせまいと阻止線を形成する。

 戦闘機隊長の板谷少佐が直率する「赤城」隊は九九艦爆からは離れず絶対防衛の構えをとる。


 日米初となった空母戦闘機隊同士の戦いは、意外にも日本側の一方的な勝利に終わる。

 米側の敗因は零戦相手に旋回格闘戦をやらかしてしまったことだ。

 新時代戦術の一撃離脱戦法への理解が進んでいる欧州の戦闘機乗りと違い、日米の戦闘機搭乗員は旧来の巴戦あるいはドッグファイトで戦うことに何の疑問も抱いていなかった。

 だから二〇機あまりのF4Fワイルドキャット戦闘機も一〇機あまりのF2Aバファロー戦闘機も二七機の零戦による旋回格闘戦への誘いを当然のごとく受け入れてしまった。


 結果は無残なものだった。

 上昇性能でも旋回性能でもF4FやF2Aを上回る零戦は軽々とそれら機体の背後を取り、二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を面白いように撃ち込んでいった。

 アジア人が駆る戦闘機をそれこそ鎧袖一触で叩きのめそうと考えていた米搭乗員は、逆に相手に圧倒的な戦闘力の差を見せつけられたことでパニックに陥る。

 わずかながらも存在していた数的優位はあっという間に無くなり、散り散りになったF4FやF2Aを、整然とした小隊を維持している零戦が追いかけ回す。

 それでも、わずかながら零戦の防衛網を突破して九九艦爆に迫ってくる機体もあったが、それらは「赤城」零戦隊によってことごとく撃退されてしまう。

 その間にも九九艦爆隊は進撃を続け、ようやくのことで米機動部隊を発見する。

 零戦隊の奮闘と献身に感謝を捧げつつ、第一次攻撃隊指揮官兼「蒼龍」艦爆隊長の江草少佐は端的な命令を下す。


 「『蒼龍』隊ならびに『赤城』第一中隊は左翼、『飛龍』隊ならびに『赤城』第二中隊は右翼、『加賀』隊は中央の空母群を目標とせよ。

 『赤城』隊ならびに『加賀』第三中隊は小隊ごとに輪形陣を構成する護衛艦艇を叩け。他はすべて空母を狙え!」


 江草少佐の命令一下、真っ先に千早大尉率いる「赤城」第一中隊と安部大尉の「赤城」第二中隊、それに伊吹大尉の「加賀」第三中隊がそれぞれ目標に指示された空母群に向かって急降下爆撃を仕掛ける。

 それに対して米巡洋艦や米駆逐艦から火弾や火箭が撃ち上げられてくる。

 それらは江草少佐をはじめとした艦爆搭乗員たちが考えていたものよりも遥かに激しいものだった。

 たちまち一機の九九艦爆が爆散、さらに二機が煙の尾を曳いてマーシャルの海へと墜ちていく。

 だが、残る二四機は投弾に成功、九隻の巡洋艦や駆逐艦に対して一一発の二五番を叩き込んだ。

 この結果、三隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦はそのいずれもが甚大なダメージを被り、そのうち二発を被弾した駆逐艦は猛煙を上げて洋上停止する。

 その頃には残る五四機の九九艦爆もまたそれぞれ目標に定めた空母に対して攻撃位置に遷移している。


 「たまらんなあ」


 自身に向かってくる大量の火弾や視界を遮るような濃密な爆煙を切り裂きつつ江草少佐はダイブに入る。

 後席の石井飛曹長が読み上げる高度を意識しつつ照準環の中心に敵空母の飛行甲板を置き、爆風で機体が煽られる中でもその状態を維持する。

 石井飛曹長の「六〇」という声と同時に江草少佐は腹に抱えていた二五番を切り離す。

 同時に操縦桿を引き付け海面ぎりぎりのところで水平飛行に移行、そのまま離脱を図る。

 敵対空砲火の有効射程圏から逃げる間にも後席の石井飛曹長から怒鳴るような声の戦果報告がなされる。


 「六発が命中です。ただ、誰の機体かは分かりませんが、三機が対空砲火に食われました」


 空母がその飛行甲板に六発もの二五番を食らえば艦上機の離発艦は完全に不可能だ。

 目標とした空母はその戦闘力を完全に喪失した。

 「蒼龍」艦爆隊はその務めを立派に果たしたのだ。

 だが、一方で二割近い機体を失ってしまった。

 失われた六人の搭乗員はその誰もが一騎当千の熟練だ。


 (攻撃そのものは成功と言って良いが、しかしたった一度の戦いでこれだけの被害が出るようでは母艦航空隊はあっという間に戦力をすり潰されてしまうぞ)


 少なくない部下を失ったことで江草少佐は戦果を素直に喜ぶ気にはなれなかった。

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