第14話 索敵機は大量に
「敵機動部隊、マーシャルに来寇ス。
艦上機多数襲来、航空隊壊滅。
地上施設被害甚大」
マーシャル諸島に展開する友軍から悲鳴のような電文が飛び込んできたのは二日前のことだ。
報告を信じるのであれば、マーシャル基地は夜明けと同時に米艦上機群の奇襲攻撃にさらされた。
その際、飛行場にあった戦闘機や攻撃機はその大半を地上撃破された。
そして、日没後に水上打撃艦艇からの艦砲射撃を食らってとどめを刺されてしまったとのことだ。
友軍苦戦のなか、ようやくのことで戦闘海域に到達した第一航空艦隊は太平洋艦隊の居所をつきとめるべく索敵機を放つ。
夜明け前に索敵第一陣として「赤城」と「加賀」からそれぞれ三機それに「龍驤」から四機の合わせて一〇機の九七艦攻が飛行甲板を蹴ってそれぞれ定められた索敵線に向かって飛び立っていく。
時を同じくして「利根」と「筑摩」からそれぞれ一機の零式水偵がカタパルトから撃ち出される。
こちらもまた、九七艦攻とともに太平洋艦隊を捜索する。
その一時間後には「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ二機、「龍驤」から六機の九七艦攻が飛び立ち、さらに「利根」と「筑摩」からそれぞれ一機の零式水偵が索敵第二陣として第一陣の後を追った。
二四機にも及ぶ艦上攻撃機や水上偵察機を出したのは、マレー沖海戦で得た戦訓によるものだった。
マレー沖海戦で東洋艦隊を撃滅した第七艦隊の小沢長官はその勝利の要因について二つの事柄を挙げていた。
ひとつは東洋艦隊の航空戦力がことのほか貧弱だったこと。
当時の東洋艦隊は戦艦を六隻も擁する一方で、空母は小型の「ハーミーズ」一隻というバランスの悪い、もっと言えば歪な艦隊構成だった。
このことで第七艦隊は容易に制空権を獲得、艦上爆撃機や艦上攻撃機、それに陸上攻撃機は敵戦闘機の妨害を一切受けることなく敵艦攻撃に専念出来た。
もし、東洋艦隊にあと一隻か二隻の空母があれば、彼らはあれほどの惨敗は喫しなかっただろうし、日本側の損害も遥かに大きくなっていたというのが小沢長官の見立てだ。
もうひとつの要因は早い段階で東洋艦隊の位置をつきとめ、そのうえ詳細な戦力構成の把握にも成功したことだ。
このことで、第七艦隊は適切な戦力配分とその投入を行うことが出来た。
この状況をつくりあげるために小沢長官は実に二〇機もの九七艦攻を索敵に供したという。
当然、「瑞鳳」艦攻隊だけではその数は足りず、攻撃兵力である「翔鶴」と「瑞鶴」からも一個中隊あたり二機を召し上げて索敵に投入したのだそうだ。
当然のことながら、索敵任務には航法に優れた熟練を使わざるをえないから、どうしてもその分だけ艦攻隊の戦力は落ち込むことになる。
だが、それでも殴る力が多少弱くなるよりも殴る相手を見つけるほうが先決だとして、索敵機の大量投入に消極的な航空参謀や艦攻搭乗員に忖度することなく小沢長官は自身の信念を押し通したのだという。
そのことを知るまで南雲長官は「龍驤」の艦攻と「利根」「筑摩」の艦載機だけで索敵は十分だと考えていた。
だが、「利根」と「筑摩」に搭載されている零式水偵はそれぞれ二機ずつでしかなく、残る九五水偵は航続性能が低くて短距離偵察かあるいは対潜哨戒にしか使えない。
仮に「龍驤」の九七艦攻と「利根」「筑摩」の零式水偵だけで二段索敵を行うとすれば、索敵線を八線しか確保できず、そうなれば索敵範囲を絞り込むかあるいは網の目を粗くするかのいずれかしかない。
もちろん、敵艦隊の居場所を高い確度で掴んでいる状況であればそれでもいいのだが、そうでなければ敵艦隊を発見し損なう可能性が高くなる。
もし、設定した索敵網の外に敵艦隊がいた場合は目も当てられない。
だから、慎重派の南雲長官もまた小沢長官にならう。
さすがに小沢長官のように一個中隊から二機も召し上げるような真似はしないが、それでも一機を出すよう長官権限で一航戦と二航戦の艦攻隊に通達した。
当然のごとく艦攻搭乗員からは不満の声が上がる。
しかし、いまや軍人ではなく軍神とさえ持ち上げられている小沢長官のサクセスストーリーは海軍軍人であれば誰もが知るところでもあるので、それを根拠にすれば彼らへの説得は容易だった。
一般的に日本人は失敗者には冷淡な一方で、成功者の言うことは無批判に受け入れる、あるいは信じ込む悪癖がある。
今回はこれが南雲長官にとって奏功した形だ。
いずれにせよ、一航艦が採用した索敵重視の方針は早々に実を結ぶ。
「加賀」二号機と「赤城」三号機がそれぞれ水上打撃部隊と機動部隊を発見したのだ。
だが、同時に一航艦もSBDドーントレス急降下爆撃機と思しき機体からの接触を受ける。
米側の指揮官もまた情報を重視する人物、つまりは索敵機を出し惜しみしない人間だったのだ。
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