第13話 憂いの長官

 「さすがに三戦隊や五航戦が合流するのを座して見逃すほど、米軍もボンクラではないか」


 そうつぶやく山本連合艦隊司令長官の表情は冴えない。

 ハワイ周辺を哨戒中の伊号潜水艦より太平洋艦隊出撃の報を受けた山本長官はその日のうちに本土で待機中だった第一艦隊ならびに第一航空艦隊に出撃を指示、現在両艦隊は舳先を東へと向けて進撃の途にある。



 第一艦隊

 戦艦「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」「山城」「扶桑」

 重巡「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」

 軽巡「北上」「大井」

 駆逐艦「白露」「時雨」「初春」「子ノ日」「初霜」「若葉」「有明」「夕暮」


 第一航空艦隊

 「赤城」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻二七)

 「加賀」(零戦二一、九九艦爆二七、九七艦攻二七)

 「蒼龍」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻一八)

 「飛龍」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻一八)

 「龍驤」(九六艦戦一八、九七艦攻一二)

 重巡「利根」「筑摩」

 軽巡「阿武隈」

 駆逐艦「谷風」「浦風」「浜風」「磯風」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」



 水上打撃部隊の第一艦隊は四隻の「金剛」型戦艦からなる第三戦隊を欠いているうえに駆逐艦も半数しかない。

 いずれも増強著しい東洋艦隊への備えとして南方作戦に投入されてしまったからだ。

 機動部隊の一航艦もまた「翔鶴」と「瑞鶴」からなる五航戦を欠き、その艦上機戦力はフル編成時の七割以下にまで落ち込んでいる。

 それでも両艦隊の将兵の士気は高い。

 開戦劈頭に生起したマレー沖海戦で第七艦隊ならびに基地航空隊が東洋艦隊を圧倒、史上まれにみるワンサイドゲームを演じたことで米英に対する漠然とした恐怖や不安が払しょくされたからだ。


 「次は自分たちの番だ」


 第一艦隊それに一航艦の将兵に太平洋艦隊を恐れる感情はすでに無く、誰もがマレー沖海戦を上回る大戦果を夢見ている。


 「未熟な五航戦でさえあれだけの戦果を挙げたのだ。手練れ揃いの一航戦や二航戦であれば太平洋艦隊など鎧袖一触だ」


 彼らがそう考えるのも現状を考えれば無理はなかった。

 各戦線で日本軍が予想を大きく上回る快進撃を続けていたからだ。

 開戦からまだ一週間と経っていないのにもかかわらず、日本は香港やグアムといった英米の要衝を陥落させるかあるいは降伏一歩手前にまで追い込んでいる。

 台湾の基地航空隊は在比米航空軍に大打撃を与え、マレー沖では先述のとおり第七艦隊と基地航空隊が共同で東洋艦隊を撃破した。

 一方でこちらが被った損害といえば飛行機を若干失った程度で、艦艇の損害は微々たるものだ。


 (東洋艦隊といった例外を除き、ここまでは植民地警備軍との戦いばかりだった。二線級の装備と人材、そのうえ数も少なければ勝って当然だ。だが、太平洋艦隊という物量と質を兼ね備えた正規軍との戦いではこれまでのようにはいくまい)


 傲慢やあるいは増長とともに盛り上がる将兵らとは裏腹に、駐米経験の長い山本長官は米国が持つ底力というものをよく理解している。

 それと、彼らが狩猟民族を超えた戦闘民族であるということも。

 その彼ら、おそらくはマーシャルに向かっていると思われる太平洋艦隊の戦力は戦艦が七乃至八隻それに空母が三隻前後と見積もられている。

 これらに十数隻の巡洋艦と数十隻の駆逐艦が付き従うはずだ。

 空母を除く戦力では太平洋艦隊が連合艦隊を圧倒している。

 だからこそ、日本側が勝機を見出そうとするのであれば洋上航空戦に持ち込む以外にほかに方法は無い。


 (五航戦の『翔鶴』と『瑞鶴』があればこれほどまでに心配することも無かったのだがな)


 東洋艦隊の予想を遥かに超えた大増勢によって「翔鶴」と「瑞鶴」はマレー方面に回された。

 この二隻をマレーに配備するようなことがなければ、一航艦の艦上機は常用機だけでも四〇〇機に迫り、つまりは太平洋艦隊の空母部隊を圧倒出来たはずだし山本長官も一航艦の戦力不足に気をもむことは無かったのだ。


 「飛行機は数だ」


 マレー沖海戦の大勝利で一躍英雄になった小沢中将がかつて語っていた言葉を山本長官は思い出している。

 機体の性能や搭乗員の技量といった要素は無視できないが、それでもどの国も人が造り人が操縦することに変わりは無いから、同じ時代であれば日本と欧米の間で極端な差は無いはずだ。

 そうなれば、やはり最後にものを言うのは数になる。


 (認めたくはないが、しかしこの戦いの帰趨は太平洋艦隊が空母を何隻持っているかにかかっているのかもしれん)


 自力本願ではなく他力本願。

 そう考えてしまった山本長官は、さらにその憂いを深めてしまった。

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