第9話 一式陸攻

 「満身創痍と手負いがそれぞれ一隻、それに無傷が二隻か。さて、どの艦を目標にするか」


 洋上にある四隻の英戦艦の状態を確認していた美幌空の高橋大尉は少し考えたうえで手負いの戦艦を目標にする。

 喫水が危険なまでに深くなっている死にかけの戦艦には手を出すつもりはない。

 その被害状況から、輸送船団にとって脅威にはならないことが容易に見て取れるからだ。

 しかし、だからといって船団にとって最も脅威となる無傷の戦艦を狙うのもどうかと高橋大尉は思う。

 自機を含めて九六陸攻が八機しかないし、そのうえ今回が初陣だという者も少なくない。

 雷撃の理想と呼ばれる挟撃を仕掛けるにしても、片舷あたりわずか四機では敵の対空砲火が集中して被害が続出しかねない。

 なので、消去法で手負いの一隻を狙うことにしたのだ。


 目標とした戦艦、おそらくは「リヴェンジ」級と思われるそれはわずかに左に傾いていた。

 ということは、左舷に最低でも一本は被雷しているのだ。

 だから、高橋大尉は七機の部下を伴い、目標とした戦艦の左舷から雷撃を仕掛ける。

 狙いをつけた戦艦は上部構造物には被害が無いらしく、そこから放たれる火弾や火箭は凄まじいものがあった。

 しかし、船体が傾いていてはまともな精度など出しようもない。

 九六陸攻は被弾機こそ出したものの、しかし一機も損なわれることなく敵戦艦の内懐に飛び込み、そして投雷を終えた。


 速度の上がらない戦艦に八本の魚雷が殺到する。

 高橋大尉が見たところ、最低でも四本が命中したはずだが、しかし立ち上った水柱は三本だった。

 あるいは、残る一本はなんらかのトラブルが生じて不発となってしまったのかもしれない。

 それでも三発もの追加ダメージをしかも片舷に集中して食らった戦艦、英海軍で言うところの「ラミリーズ」はすでに同じ左舷側に二本被雷していたこともありあっという間に転覆、「ネルソン」や「ロドネー」の後を追った。


 その頃には宮内少佐が指揮する鹿屋空の二六機の一式陸攻が戦場に姿を現している。

 宮内少佐は無傷の二隻の戦艦のうちの一隻を集中攻撃で撃破するよう命令する。

 下手に戦力を分散して虻蜂取らずとなり、戦果が挙がらないことを恐れたからだ。

 それに、自分たち以外にもまだ戦場に到達していない部隊があることが分かっていたこともその判断の後押しをした。


 第一中隊を率いる鍋田大尉が左舷から、森大尉の第二中隊と壱岐大尉の第三中隊が右舷から挟撃をおこなう。

 対空砲火によって投雷前に第二中隊の三番機が撃墜されたものの、しかし残る二五機は必中射点に到達すると同時に魚雷を投下する。

 鹿屋空の一式陸攻に狙われたのは「レゾリューション」だった。

 「レゾリューション」艦長は必死の操艦で魚雷を回避しようと努めるが、しかし手練れが投じた二五本もの魚雷をすべて躱しきることなどとうてい不可能だった。

 それでも「レゾリューション」艦長は諦めることなく回避を続け、被雷を三割以下に抑え込む。

 だが、水雷防御が充実した新型戦艦ならともかく、旧式戦艦に七本もの被雷は完全に致命傷だった。


 「レゾリューション」が断末魔の叫びをあげる頃には美幌空の九六陸攻が東洋艦隊上空に姿を現す。

 最も遅れて到着した一七機の九六陸攻は最後まで無傷を維持していた「リヴェンジ」に狙いを定める。

 武田大尉率いる八機が左舷から、大平大尉が率いる九機が右舷からほぼ同時に雷撃を敢行する。

 「リヴェンジ」艦長もまた回避に努めるが、それでも左舷に二本、右舷に三本を被雷してしまう。

 五本の魚雷のうちの四本までを艦の前部に食らった「リヴェンジ」は激しい浸水のためにあっという間に艦首が海面とほぼ同じ高さにまで落ち込む。

 もはや助からないのは明らかだった。


 その頃には「ロイヤル・ソブリン」にも総員退艦命令が出されている。

 二六機の一式陸攻とそれに四九機の九六陸攻の攻撃を受けた四隻の「リヴェンジ」級戦艦のうちで、助かった艦は一隻も無かった。

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