第7話 五航戦艦攻隊

 「翔鶴」と「瑞鶴」から発進した一二機の零戦とそれに四二機の九七艦攻。

 合わせて五四機からなる第二次攻撃隊は途中で敵戦闘機に迎撃されることもなく東洋艦隊上空に到達することが出来た。


 「第一次攻撃隊の連中はずいぶんと派手に暴れ回ったようだな」


 眼下に広がる惨状を目の当たりにした第二次攻撃隊指揮官の嶋崎少佐は、航空機が持つその威力を改めて思い知らされる。

 六隻の戦艦こそ無傷を維持しているが、しかし空母や巡洋艦、それに駆逐艦のほうはそのほとんどが黒煙を上げ、数隻の例外を除いてそのいずれもが洋上停止するかあるいは這うように進むだけとなっている。

 特に空母はかなりの数の九九艦爆に狙われたようで、猛煙を激しく噴き上げているうえに大きく傾斜しているから、助からないことは明らかだった。


 第二次攻撃隊の九七艦攻はすべての機体が九一式航空魚雷を抱えていた。

 もちろん狙うは大物だ。

 戦艦に関しては、その艦種識別は容易だった。

 敵の一番艦と二番艦は他の四隻に比べてわずかに大きく、三基の砲塔を前部に集中している。

 間違いなく「ネルソン」級戦艦、「ネルソン」と「ロドネー」だ。

 四〇センチ砲を九門備える「ネルソン」と「ロドネー」は「長門」や「陸奥」、それに三隻の「コロラド」級戦艦とともにビッグセブンと称された強力な戦艦だ。

 その攻撃力や防御力は、第七艦隊に配備されている「金剛」型戦艦のそれよりも一枚も二枚も上手をいく。

 二隻の「ネルソン」級の後方に続く戦艦は前後に砲塔を二基ずつ備えていることから「リヴェンジ」級あるいは「クイーン・エリザベス」級のいずれかだろう。

 両クラスともに三八センチ砲を八門装備するから、こちらもまた「金剛」型戦艦よりも強力だ。

 それらを見据える嶋崎少佐だが、彼は目標選定に関して逡巡は無かった。


 「『瑞鶴』隊目標一番艦、『翔鶴』隊目標二番艦。

 『翔鶴』艦攻隊の攻撃手順は『翔鶴』艦攻隊長の指示に従え」


 二番艦についてはそのすべてを「翔鶴」艦攻隊長に丸投げし、嶋崎少佐は直率する「瑞鶴」艦攻隊に指示を続ける。


 「『瑞鶴』第二中隊ならびに第三中隊は左舷から目標を攻撃せよ。第一中隊は右舷からだ。

 全機突撃せよ!」


 左舷からの攻撃は第二中隊長の石見大尉に委ね、嶋崎少佐は六機の部下を率いて目標とした敵戦艦の右前方に僚機を誘う。

 「瑞鶴」ならびに「翔鶴」艦攻隊はもともとは九機で一個中隊を編成していた。

 だが、第七艦隊司令長官である小沢中将の意向で各中隊ごとに二機の機体を索敵に召し上げられてしまった。

 この措置に艦攻隊の搭乗員からは索敵機の出し過ぎではないかという批判の声が上がったが、しかしこうやって敵を捕捉出来たのも十分な数の索敵機を出したことによるものではないか。

 少なくとも嶋崎少佐個人はそう考えている。


 だが、そんな思考はすぐに頭の片隅に追いやり、敵一番艦に魚雷をぶち込むことに脳内のリソースをすべて投入、第一中隊を理想の射点に遷移させるべく細かく機位を修正しながら超低空で接近を図る。

 自分たちに迫る九七艦攻の群れに対し、敵一番艦の艦上から砲火と砲煙が立ち上る。

 敵一番艦は九七艦攻の数が多い左舷への対処を優先させたのだろう。

 左方向へとその舳先を向け始める。

 右舷から迫る嶋崎少佐から見れば、向こうのほうから横腹をさらけ出してくれた形だ。


 「これで外したら、それこそ一航戦や二航戦の連中に笑い者にされてしまうな」


 十分な訓練を積んだうえに少なくない実戦経験者を抱える一航戦や二航戦に比べ、訓練期間が短い五航戦はどうしても軽く見られてしまう傾向があった。

 一航戦や二航戦の搭乗員の中には五航戦の連中とは一緒にしないでくれと公言する者までいるという。

 そんな嶋崎少佐の場違いな考えも、しかし部下の一機が爆散したことによって打ち切られる。

 回頭中の対空砲火などそうそう当たるものではないのだが、それでも戦場ではまぐれ当たりあるいはラッキーパンチといったものが間違いなく存在する。

 部下の一機は、不運にもその一撃で投雷前に撃ち落とされてしまったのだ。

 だが、投雷前に撃墜されたのはその一機だけだった。

 嶋崎少佐の導きによって必中射点に到達した六機の九七艦攻は敵一番艦の未来位置に向けて魚雷を投下する。

 貴重な魚雷を発射してしまえば後は一目散に逃げるだけだ。

 敵一番艦の艦首、あるいは艦尾をかわして六機の九七艦攻が海面上を這うような高度で敵対空砲火の射程圏から離脱していく。

 操縦に専念する嶋崎少佐の背中越しに部下からの歓喜交じりの声が飛び込んでくる。


 「敵一番艦の左舷に水柱! さらに一本、二本、三本!

 右舷にも水柱です! さらに一本、二本!


 どうやら第一中隊は六本投下したうちの三本を命中させたようだ。


 実戦で五割の命中率は誇っていい成績だが、しかしこれは敵一番艦が第二中隊と第三中隊による攻撃からの回避を優先させた結果だ。

 いずれにせよ、一時に七本もの魚雷を食らってはいくらビッグセブンの一角といえども浮いていることはまず不可能だろう。

 その頃には敵二番艦を攻撃した「翔鶴」隊の戦果報告も入ってきている。

 「翔鶴」隊もまた「瑞鶴」隊と同様に敵二番艦に七本の魚雷を浴びせ、こちらも撃沈確実だという。


 (艦戦隊と艦爆隊のおかげだな)


 十分な戦果が挙がったことについて、嶋崎少佐は他隊に対して感謝の念を抱く。

 零戦が敵戦闘機を完全に排除し、艦爆隊は空母や巡洋艦、それに駆逐艦といったうるさい用心棒を黙らせてくれた。

 そのおかげで「瑞鶴」艦攻隊と「翔鶴」艦攻隊は戦艦攻撃に専念することが出来た。

 そして世界で初めて洋上行動中の戦艦を航空機単独で撃沈するという栄誉を手にすることが出来たのだ。


 (これで、一航戦や二航戦の連中も少しは五航戦を見直してくれるかな)


 再び湧きおこった場違いな思考に嶋崎少佐は胸中で苦笑する。

 それと同時に、あることに思い至り周辺を警戒する。

 この海域はマレーの飛行場に展開する敵陸上戦闘機の行動圏内であることを思い出したのだ。

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