第5話 東洋艦隊

 英海軍の現役戦艦の中で、最大の艦砲である四〇センチ砲をしかも九門も装備する「ネルソン」と「ロドネー」。

 かつて日本の「長門」や「陸奥」それに米国の「コロラド」級といった同じく四〇センチ砲を搭載する戦艦とともにビッグセブンと呼ばれた至高の存在は今、欧州ではなく東洋の海にその身を浮かべていた。

 そのうちの一艦である「ネルソン」を東洋艦隊の旗艦と定め座乗、指揮を執るのは大将に昇格したばかりのフィリップス提督だ。

 その彼のもとにレーダーが敵編隊を探知したとの報告がもたらされる。

 フィリップス提督はただちに空母「ハーミーズ」に迎撃機を出すよう命令する。

 だが、その一方で彼は諦観あるいは無力感にも似た思いを抱いていた。


 (わずか一〇機ばかりの戦闘機で迎撃したとしても、焼け石に水でしかないだろう)


 本来、東洋艦隊には「ハーミーズ」のほかに「インドミタブル」と「アークロイヤル」の三隻の空母が配備される予定だった。

 「インドミタブル」は装甲飛行甲板を持つ最新鋭空母であり、「アークロイヤル」は飛行甲板装甲こそ施していないものの、しかし数ある英空母の中でも最大の搭載機数を誇っている。

 だが、「アークロイヤル」は先月、東洋艦隊に合流する前の最後の任務途中にUボートの魚雷攻撃を受けて撃沈されてしまった。

 一方の「インドミタブル」のほうはシンガポールに来る途中に座礁事故を起こしてしまい、その修理のためにこの場にはいなかった。


 残ったのは「ハーミーズ」ただ一隻だがこちらは小型空母であり、搭載しているのも戦闘機が一〇機に雷撃機が七機の合わせて一七機にしか過ぎない。

 もちろん、一〇機の戦闘機があれば偵察機を追い払ったり観測機を撃墜したりとそれなりの働きは期待できるが、一方で敵の大編隊を迎え撃つには明らかに力不足だ。

 雷撃機のほうも七機あれば前路警戒や対潜哨戒といった用途には使えるが、しかしこの程度の数では広範囲索敵のほうは不可能だ。

 実際、索敵機の不足によってこちらは日本艦隊の位置の特定には至っていない。

 それでもなおフィリップス提督が冷静沈着でいられたのは発見した相手が日本機の編隊だからだろう。

 これがあの獰猛なドイツ機であったとしたら、これほどまでに落ち着いていられたかどうかは自信が無い。


 東洋艦隊の陣形は中央に二隻の「ネルソン」級戦艦とその後方に四隻の「リヴェンジ」級戦艦が続き、殿に「ハーミーズ」からなる単縦陣。

 その左右にそれぞれ二隻の軽巡ならびに六隻の駆逐艦からなるこちらも同じく単縦陣。

 対空戦闘には不向きな陣形だが、それでも組み替えている余裕は無い。

 敵編隊が来る方角を見据えているフィリップス提督の上を轟音が次々と通り過ぎていく。

 日本機の編隊を迎え撃つべく、「ハーミーズ」が戦闘機を発進させたのだろう。


 (済まんな)


 フィリップス提督は胸中で戦闘機搭乗員らに対して詫びる。

 レーダーで発見された日本機の編隊は七〇機程度の規模だという。

 そうであれば、護衛の戦闘機が一〇機などといったことは無いはずだ。

 最低でも二〇機近い戦闘機が含まれているだろう。

 つまり、「ハーミーズ」戦闘機隊は全機が発進出来たとしても二倍の数の敵機と戦うことが宿命づけられているのだ。


 フィリップス提督は「ハーミーズ」に迎撃戦闘機を発進させると同時に水上艦艇にも対空戦闘準備の命令を出している。

 戦闘機隊の苦戦が必至な以上、あとは各艦の対空砲火と回避運動に期待するしかない。

 高角砲やポンポン砲が日本機が来る方角に旋回し、仰角を上げる。


 (水上打撃艦艇については六隻の戦艦を擁しているこちらが圧倒的に上だ。この空襲さえ凌げば、我々と日本の輸送船団の間に立ちはだかる者は皆無だ。そうなれば五〇門にも及ぶ四〇センチ砲と三八センチ砲でマレー侵略を図る不埒者どもに強烈な一撃をかましてやることが出来る)


 フィリップス提督のポジティブシンキングは、しかしそこで中断する。

 見張りが声を張り上げるようにして報告を入れてきたからだ。


 「航空機接近、その数五〇乃至六〇! 編隊に一切の乱れ無し!」

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