マレー沖海戦
第4話 第七艦隊
南遣艦隊を改称した第七艦隊。
その彼らに課せられた使命のうちで、最も重要なものは陸軍のマレー作戦を支援することだ。
そして、その目標を達成するためには当然のことながら、東洋艦隊の撃滅あるいは撃退が必須だった。
その東洋艦隊はすでに根城であるシンガポールから出撃したことが分かっている。
このため、第七艦隊は東洋艦隊を捕捉すべく索敵機を発進させた。
夜明け三〇分前に空母「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ三機、それに「瑞鳳」から四機の合わせて一〇機の九七艦攻が、さらに一時間後に同じ数の機体が発進する。
二〇機にも及ぶ索敵機の大盤振る舞いに第五航空戦隊司令官の原少将は感心と呆れが相半ばする感情を抱いていた。
「ずいぶんと索敵機を張り込みましたな。艦攻隊長がぼやいていたそうですよ。一個中隊から二機、全体で六機も索敵に召し上げられるとは予想もしなかったと」
原司令官の言葉に第七艦隊司令長官の小沢中将は苦笑を隠せない。
小沢長官は南遣艦隊が第七艦隊に名称変更するのに伴い、将旗を重巡「鳥海」から「翔鶴」に移していた。
「翔鶴」と「瑞鶴」が第七艦隊の中で唯一東洋艦隊を撃破しうる戦力を持った艦であること、それになにより小沢長官自身が洋上航空戦の指揮を執りたかったことがその大きな理由だ。
「翔鶴」と「瑞鶴」は二隻で第五航空戦隊を編成しており、本来であれば原少将がその指揮を執るのだが、そこは非常時だということを建前として小沢長官が我を通した。
一方、五航戦のトップから二番手に降格する形になった原司令官だが、彼はそのことについて特に何も思うところは無かった。
これが並の司令長官であれば原司令官も含むところはあったのかもしれないが、しかし「翔鶴」で指揮を執るのが帝国海軍で最も洋上航空戦に通じていると言われる小沢長官であるのなら是非も無い。
五航戦の司令官でありながら、一方で航空戦に明るくないという自覚のある原司令官としてはここで小沢長官の手並みを拝見し、その知見を取り込むことで今後の戦いに活かしていく腹積もりだった。
「まあ、帝国海軍の伝統として索敵よりも攻撃に重きを置く人間が多いからな。
だが、艦隊戦に関しては、まずは何においても先に敵を見つけ出すことこそが重要だ。いくら強力な拳を持ちあわせていようとも、肝心の相手が見えなければ剛腕も発揮のしようがない。それに『グローリアス』や在比米航空軍と同じ轍を踏むわけにもいかんだろう」
小沢長官の言う「グローリアス」とは英空母のことで、同艦はあろうことかドイツの巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」に捕捉され、大砲によって撃沈されるという悲惨な最期を遂げたことで有名だった。
そして、在比米航空軍は多数の航空戦力を有しながら一昨日、開戦と同時に台湾を発進した友軍航空隊によって多数の航空機を地上撃破されるという無様をさらしている。
すでに、宣戦布告がなされていたのにもかかわらず、なぜか在比米航空軍は警戒態勢がおろそかだった。
「グローリアス」にせよ在比米航空軍にせよ、その敗因は情報不足だと小沢長官は考えている。
もっと言えば油断。
怠慢と言っていいかもしれない。
彼らは自分たちを狙う敵がどこにいるのか、あるいは何をしようとしているのかが見えていなかった。
あるいは、相手を知ろうとする努力を怠った。
ならば、それを避けようと思えばやることは一つ。
敵をいち早く見つけ出し、その戦力と意図つかみ取ることだ。
そうすれば戦うべきか引くべきかの判断が正確に出来るし、少なくとも奇襲を受ける心配は無くなる。
それに、英国の装甲空母と違い、日本の空母はそのいずれもが飛行甲板に装甲を施していない。
つまりは、一発の爆弾で戦力を喪失しかねない脆弱な存在なのだ。
そのようなことを小沢長官は一航戦司令官だったときに得た教訓を交えて原司令官に話す。
原司令官のほうはその言葉を己の血肉に変えるべく真剣に聞き入っている。
そこへ通信参謀が早足で現れる。
「『瑞鶴』三号機が北上する艦隊を発見しました。戦艦六隻を含む大部隊とのことです」
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