第3話 太平洋艦隊

 「不謹慎な物言いかもしれんが、ずいぶんと面白いことになっているようだね」


 東洋艦隊の戦力増強以降、機嫌の良さを隠せないキンメル太平洋艦隊司令長官の軽口に、レイトン中佐は淡々と事実だけを伝える。


 「日本海軍はマレー方面に四隻の戦艦と三隻の空母を送り込んでいることが確認されています。そのうち、戦艦はいずれも高速の『金剛』型です。空母のほうは艦型の識別が成されていませんが、少なくともそのうちの二隻は正規空母、おそらくは『翔鶴』ならびに『瑞鶴』かと思われます。また、フィリピン方面にも複数の小型空母の投入を企図しているもようです」


 軽く了解の相槌を打つとともに、キンメル長官はレイトン中佐の言をもとに脳内で簡単な計算をする。


 「そうなると日本海軍が太平洋正面に展開できる戦力は戦艦が六隻に正規空母が四隻といったところか。それもこれも英国が海軍戦力を奮発してくれたおかげだな。

 彼らからすれば、極東の最果ての地に、しかも戦艦を六隻も送り込んだのだからずいぶんと思い切ったものだ。まあ、そのおかげで我々は戦力の不安無く日本海軍と対峙することが出来るというものだがな。

 なによりやっかいな『金剛』型戦艦が、しかも四隻すべてが太平洋からいなくなったのが大きい。なにせ、こちらは『ペンシルバニア』が入渠中のうえに『コロラド』に至っては本国で改装を含めたオーバーホールの真っ最中だ。

 七隻に減った戦艦部隊で一〇隻の戦艦を擁する連合艦隊と戦うのは少しばかりきついとは思っていたが、しかし今では逆に七対六とこちらが優勢となった。もはや、我々に弱点は無いと言っても過言ではなかろう」


 自身の計算から導き出した太平洋艦隊絶対有利の答えに相好を崩すキンメル長官だったが、レイトン中佐はそんな彼に注意喚起を忘れない。


 「戦艦については長官のおっしゃる通り、我が方の有利は間違いの無いところでしょう。巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇も同様で、日本海軍は南方資源地帯攻略にその多くを投入しています。

 ですが、空母についてはこちらが『エンタープライズ』と『サラトガ』、それに『レキシントン』の三隻であるのに対し、日本側のそれは四隻を数えます。

 また、制空権獲得の要となる戦闘機につきましても、我が方の三隻の空母には合わせて六〇機程度しか搭載されておらず、そのうちの三分の一は旧式のF2Aです。日本の空母部隊との戦力比較においては楽観出来る要素はありません」


 日本海軍と戦うにあたってレイトン中佐にとって最大の懸案事項は空母戦力の差だった。

 そもそもとして、日本海軍が正規空母を六隻も擁しているのに対し、太平洋艦隊にはその半分の三隻しか配備されていないのだ。

 いくら合衆国海軍の母艦航空隊が優秀だといっても、さすがに二倍の相手と戦うのはしんどいだろう。

 ただ、状況は激変している。

 増強著しい東洋艦隊のおかげで日本海軍は少なくとも二隻の正規空母をマレーに送り込むはめになった。

 これはレイトン中佐にとってもうれしい誤算だ。

 ただ、それでも三対四という劣勢に変わりは無い。


 「中佐の懸念はもっともだな。だが、我々の空母は日本のそれに比べて搭載機数が多いから実際の戦力差は三対四よりもかなり小さいはずだ。空母はその戦力の過半を艦上機に依存するからな。

 それに、太平洋艦隊の空母には優先して新型急降下爆撃機のSBDを回してもらっている。従来のSB2Uと違って武装と機動性に富んだSBDであれば準戦闘機的な使い方も出来よう。

 この新鋭機が三隻の空母に合わせて一〇〇機以上も配備されているのだから、制空権についてはあまり心配しなくてもいいのではないか」


 新型のSBDドーントレス急降下爆撃機が優秀な機体であることはレイトン中佐も知っている。

 急降下爆撃機としては卓越した運動性能と、前方機銃に強力なブローニングを装備するSBDは搭乗員らの評判も上々らしい。

 重量物の爆弾や魚雷を抱えた急降下爆撃機や雷撃機であればSBDもそれなりの脅威には成り得るだろう。

 それでも、さすがに戦闘機との正面切っての戦いは期待するほうが無茶が過ぎるのではないか。

 そう考えるレイトン中佐はやんわりと苦言を呈する。


 「SBDは優れた機体ではありますが、あくまでも急降下爆撃機です。空戦を専門とする戦闘機には及びません。過度な期待は禁物かと思いますが」


 レイトン中佐の警告に、しかしキンメル長官は彼の話に少しばかり懐疑的だった。


 「確かに、中佐の言うことは一理ある。だが、それは我が国やドイツの戦闘機と比べた場合の話ではないか。性能に劣る日本軍の戦闘機であればSBDでも十分に対抗可能なはずだ。実際、どんなに高く見積もっても日本の戦闘機の性能はイタリア軍のそれと同程度といったところだろう。

 それに、なにより搭乗員の練度が違う。なにせ、あのハルゼーに毎日のようにしごかれているのだからな」


 飛行機の性能は機体だけではないと語るキンメル長官に、だがしかしレイトン中佐は警句を重ねる。


 「長官のおっしゃる通り太平洋艦隊の母艦搭乗員らの技量に疑うところはありません。ただ、日本軍の搭乗員もまた狭い空母の飛行甲板に離着艦出来るだけの技量を持ち合わせていることは事実です」


 ファクトやエビデンス合戦になればレイトン中佐にはかなわない。

 そう考えたキンメル長官は話題を旋回させる。


 「空母とその艦上機の件については油断しないよう肝に銘じておこう。ところで、例の日本の暗号だが、君はやはり日本が米国に宣戦布告をしてくると考えているのかね」


 唐突な話題変更に困惑しながらも、レイトン中佐は職務に忠実にあらんと律儀に答える。


 「間違いありません。日本軍が発したニイタカヤマノボレ一二〇八は間違いなく米英をはじめとした連合国に対する攻撃のメッセージです。

 一二月八日、あるいはわが国であれば時差の関係で一二月七日になるかもしれませんが、間違いなく戦争になる。なにより、日本軍の兵力移動や人事、あるいは物流といったもののすべてが戦争を見据えた動きとなっています」


 戦争になると断言するレイトン中佐に対し、キンメル長官は自身の考えを開陳する。


 「ならば、まずはフィリピンで航空戦、そしてマレーで海戦が生起するはずだ。そうなれば、その時点で日本軍の真の実力が分かる。それを見て今後の太平洋艦隊の方針を考えても十分に間に合うだろう」

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