第2話 編成替え
「状況は変わった。真珠湾奇襲作戦はこれを中止とする。もし、文句があるのなら辞表を出してもらって構わん」
永野軍令部総長はそう言って連合艦隊司令長官の山本大将に皮肉を含んだ言葉を投げつける。
かつて、山本長官は「真珠湾奇襲作戦が認められないのであれば連合艦隊司令長官の職を辞す」といったような脅し文句をもって同作戦を軍令部に認めさせた前科があった。
それ以外にも散々に軍令部を引っ搔き回してくれた連合艦隊司令部員らに対する悪感情は、今も永野総長をはじめとした軍令部員らの中に根強く残っている。
「真珠湾奇襲作戦が中止となるのはまことに残念至極ではありますが、しかしあの時とは状況が違います。現在の情勢を考えれば、中止は妥当な判断かと思います」
ここに及んでなお山本長官が真珠湾奇襲作戦に拘泥し、ごねるようなことがあれば更迭もやむなしと考えていた永野総長は胸中で安堵のため息をもらす。
この土壇場において連合艦隊司令長官の首をすげかえるのは、可能であれば避けるにこしたことはないからだ。
それと、辞表云々の皮肉を言ったのは山本長官の今の精神状態を確認する意味もあったのだが、特に感情が高ぶる様子もなかった。
どうやら彼は冷静のようだ。
ならば、話を続ける意味はある。
「それで、連合艦隊としてはどう戦うつもりだ。東に一〇隻近い米戦艦、西に六隻の英戦艦。まさに板挟みというか、四面楚歌という言葉でさえも大げさではない状況だ」
ため息が交じったような、あるいはぼやくように話す永野総長に山本長官は編成表を差し出す。
「太平洋艦隊に対抗する戦力としては第一艦隊ならびに第一航空艦隊をあてることにします。また、東洋艦隊に対しては南遣艦隊改め第七艦隊と改称した部隊をもってこれに対抗します」
太平洋艦隊迎撃部隊
第一艦隊
戦艦「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」「山城」「扶桑」
重巡「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」
軽巡「北上」「大井」
駆逐艦「白露」「時雨」「初春」「子ノ日」「初霜」「若葉」「有明」「夕暮」
第一航空艦隊
「赤城」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻二七)
「加賀」(零戦二一、九九艦爆二七、九七艦攻二七)
「蒼龍」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻一八)
「飛龍」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻一八)
「龍驤」(九六艦戦一八、九七艦攻一二)
重巡「利根」「筑摩」
軽巡「阿武隈」
駆逐艦「谷風」「浦風」「浜風」「磯風」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」
東洋艦隊迎撃部隊(マレー攻略部隊)
第七艦隊=旧南遣艦隊
重巡「鳥海」「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」
軽巡「川内」
駆逐艦「綾波」「敷波」「浦波」「磯波」「白雲」「東雲」「叢雲」「夕霧」「朝霧」「狭霧」「天霧」「吹雪」「白雪」「初雪」
※南方部隊本隊および第一航空艦隊より臨時編入
戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」
※第一航空艦隊より臨時編入
「翔鶴」(零戦一八、九九艦爆二七、九七艦攻二七)
「瑞鶴」(零戦一八、九九艦爆二七、九七艦攻二七)
駆逐艦「秋雲」「朧」「潮」「漣」
※第一艦隊より臨時編入
「瑞鳳」(九六艦戦一八、九七艦攻九)
以下(略)
編成表に目を落としつつ、永野総長は山本長官に説明を始めるよう促す。
「現時点で各部隊ともに開戦に向けた編成をすでに終えており、さらに実戦を見据えた訓練を重ねていますので、真珠湾攻撃中止に伴って異動する艦艇は最小限に抑えてあります。
まず、真珠湾攻撃が実行された際には後詰めの任につく予定だった第一艦隊を最大限活用します。これらのうち戦力の大きい第一戦隊と第二戦隊は太平洋正面に配備し、第三戦隊はマレー方面を担当する南遣艦隊を改称した第七艦隊に預けます。
さらに第一艦隊のほうですが、グアム攻略作戦に参加予定だった第六戦隊を戻し、同戦隊が抜ける穴については中止となったウェーク島攻略作戦の参加部隊を充てます。なお、ウェーク島攻略作戦についてはこれを一時棚上げとしますが、同島に対しては開戦劈頭にマーシャルからの航空攻撃を企図しております」
現在の戦力でウェーク島攻略作戦を行えば、仮に成功したとしても太平洋艦隊によってすぐに奪い返されるのがオチだろう。
ならば、やらないほうがマシというものだ。
そう考えた永野総長は小さく首肯する。
永野総長の意図を忖度した山本長官が先を続ける。
「第一艦隊と並び太平洋艦隊迎撃戦力のもう一方の柱である第一航空艦隊ですが、主力となる三個航空戦隊のうち一航戦と二航戦は太平洋正面に、五航戦は南方作戦に割り振ります。
先程申し上げました通り、東洋艦隊に対してはこちらは第七艦隊をぶつけますが、同艦隊は従来の南遣艦隊をベースに五航戦の『翔鶴』と『瑞鶴』、それに第三戦隊の四隻の『金剛』型戦艦を追加配備したものとなります。
他の空母につきましても、『龍驤』は太平洋に、『瑞鳳』はマレー方面への増勢として送り込むことにしています。
なお、『龍驤』が抜けるフィリピン戦線につきましては、代わりに『春日丸』と『鳳翔』を充当することとします」
「つまり、太平洋艦隊相手にはこちらは戦艦が六隻に空母が五隻、一方の東洋艦隊相手には戦艦が四隻に空母が三隻か。
絵に描いたような戦力分散だな。そのうえ、巡洋艦も駆逐艦もまったく数が足りていない。補助艦艇についてはフィリピン方面に気前よく投入し過ぎたのではないか」
永野総長の指摘は間違ってはいない。
だが、それは後知恵というものだ。
編成作業当時は真珠湾攻撃がお流れになることも、なにより東洋艦隊があれほどまでの大増勢をしてくることなど誰も予想だにしていなかったのだ。
山本長官は鼻白む思いを表情に出さないように気をつけつつ、「おっしゃることはごもっともです」と軽く受け流して説明を続ける。
それでも、胸中で思わずにはいられない。
「大和」のような役立たずを造らず、その代わりに「翔鶴」型を建造していれば、と。
そうであれば、戦力の向上とともにどれほど作戦立案に柔軟性を持たせることが出来ただろうかと。
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