第12話 先生と私
卒業式を終えてからが私の本番だった。
担任の先生は、みんなの似顔絵を黒板に書いてくれていた。心からお祝いをしてくれているみたいで、本当に嬉しかった。
アキはやっぱり合格していたみたい。周りの友達から聞いた。
その写真を撮って、卒業アルバムを持って駆け出した。
聞き慣れたスリッパと地面が擦れる音。
職員室を通り抜けて、体育館前にある、体育教官室のところ。
「お、式地さんや」
やっぱり、ここに推しはいた。
「吹谷先生! アルバム書いてください! 写真も!」
「いいよ」
私は落として使い古してボロボロの携帯でツーショットを撮った。
それを確認してにやけていると、先生が手を差し出した。
「アルバム、なんか書けばいいんやろ?」
「いいんですか!! え、じゃあ、その……」
ペンの蓋を開けて、私を見る先生。
「あわよくば、その、連絡先を……」
(やばい、キモいことしてる自分)
卒業式のテンションで推しとの超えてはいけないラインを踏み誤って盛大に後悔する。
先生は少し悩んだ後、書き始める。
「せやな、また抱え込んでどうしようもなくなったら困るしな」
「ええ、いいんですか、ありがとうございます! 悪用はしません!」
「それは当たり前や」
くすくすと笑った後、吹谷先生は私にアルバムを差し出した。
吹谷先生のコメントを読もうとした時だった。
今までにないくらいの立ちくらみが襲ってきた。
思わずしゃがみ込んで、ぐわんぐわんしている頭を押さえた。
立ちくらみが収まって顔を上げると、辺りに資料が散らばっていた。
「大丈夫? 式地さん」
はっと顔を上げた私に、優しげな雰囲気を纏った女の人が不安そうに覗き込んでいた。
(え、誰? 私の仕事先にこんな人いなかったんだけど……)
状況が把握できてなくて固まっている私に、おどおどしている目の前の女性。
「どこか打っちゃった? 気分悪い?」
周りの人たちも救急車呼ぶ? などと話し声が聞こえてきたから、慌てて取り繕う。
「すみません、立ちくらみがしちゃって資料ばら撒いちゃいました」
元気に言うと、周りは「良かった」「無理しないでね」「水分補給大事よ」などと声をかけてくれた。みんな知らない人。
「式地さん」
肩を揺らして声の方を向いた。上司な気がする。
(あれ、豚とニワトリのブレンド上司じゃない。てか、上司の名前って、何だっけ……)
考え事をする私をよそに、上司らしき人は続ける。
「最近頑張ってくれてたからちょっと疲れたのかもしれないわ、今日はゆっくり休みなさい、午後から半休にしときましょうか?」
今までの上司は怒鳴り散らして、台バンもいいところで、最悪な時はものを投げられることもあった。
(いつもの上司とちゃう……。なんで……?)
涙が出そうなのをぐっと堪えて、「じゃあお言葉に甘えてもいいですか」と答えた。
家に戻ったら、玄関に写真立てが置いてあった。
卒業式の写真らしく、袴姿の私とその友達であろう人たちと撮っていた。
(前の私の時の友達と全然違う……)
そもそも大学から違った。写真を眺めていると思い出してきた。
吹谷先生の言葉で、なんとなく大学を考え直してみたのだ。
(そうか、それでその大学に行くために頑張ったんだっけ)
今の世界に馴染んでいく記憶の隅で、高校時代を思い出した。
すぐ押し入れを開ける。
あの出来事たちが夢だったら、という不安に駆られた。
高校の卒業アルバムを開いて、みんなのコメントを見た。
『希美ちゃん、3年間ありがとう』のような、ありきたりなものから、『また遊ぼうね』など、さまざまだった。
ただ、アキのコメントは無かった。私も彼のは書かなかった。
別れた後、綺麗な思い出を忘れたくて仕方がなかった時があった。
思い出せば出すだけ辛くなっていって、嫌な思い出にしてしまおうかと考えた。でも、うまくできなくて、無茶苦茶にしようとする自分にも嫌気が差して、辛くて泣いていた。
(今になっちゃあ素敵な思い出なんだけどね)
懐かしさに耽りながら、次のページを開いた時だった。
「せ、せんせ……?」
一言、頑張れの後に、『何かあったら』と、電話番号が書かれていた。
吹谷先生の字をなぞると、涙が溢れてきた。
そうか、頑張った日々は夢じゃなかったんだ。
私は涙を拭って、その電話番号を打った。
何コールかした後に、「もしもし」と、推しの声が聞こえてきた。
あの時から変わってない、全力で追いかけたあの先生の声。
「っ、もしもし、吹谷先生ですか。私、式地です」
「お、式地さんか」
「ちょっとお話したいことがあって……」
私の心は高校生に戻った気持ちで、話したいことでいっぱいだった。
推しの先生が尊い件について キノ猫 @kinoneko
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