第53話 俺の名は
門までの長い一本道を馬車で走る。大きく王族の紋章が彫られた門がやっと姿を表し、宮殿を後にした。
その後も城下町が続く。石畳の道路をガタガタを大きな音をたてて馬車は進む。
馬車の窓から外を覗く。レンガで作られた頑丈な家、ところ狭しと並ぶ店やマーケット。
威勢のいい店主の客引きの声や恰幅のいい女主人が大きな荷物を運んでいる。
着飾った宮殿では見ない景色が広がっていた。
大きな街だ。この街を散策もしてみたかったな。宮殿で見かけなかった食事も並んでいるし、この活気のある街並みが奈良の都を思い出す。
女も宮殿の貴族とは違い、飾り気のない素朴な顔立ちをしている。
城下町を一気に歩き、ついに国境の門に着く。
ここを出たら、当面は戻ることはできないだろう。
馬車が止まり、従者に礼を言う。
「リース王子にお礼を伝えてください。お心遣い、感謝致します、と」
グナシとラベンダーが国境の見張りの兵士のところへ行き、何から国外へ出る手続きをしてくれていた。
一人待っているとそこに見知った顔が現れる。
「ごきげんよう」
ハラヘリーナさんだ。
「こんにちは」
バルコニーで会って以来だ。
「すみません、お別れの挨拶もできずに」
謝罪するといつもの人懐っこい笑顔を見せて、いいのいいのと笑う。
「僕も忙しくってさ。ほら一応大魔導師でしょ。なんかフラフラして見られるんだけどこう見えて結構忙しいんだよ」
「はぁ」
「日中は難しい会議に、後輩の育成指導。それにポーションの研究、古典魔術の調査。それだけじゃないの。間をぬって家庭菜園の手入れしてるの。そんな僕の見えない苦労をみんな知らないんだよ」と口を窄めて愚痴る。
その姿がアイザックではなく、ハラヘリーナさんそのままで嬉しくなった。
昨日はパイナップルとゴーヤを植えたと嬉しそうだ。
「これから国外へ」
「はい、日が暮れる前に次の街に行かないと」
「そうだね、夜は危ないから。まあ彼も一緒だから少しは安心だけど。肝心な時にお手洗いいってないといいけど」
その通りだな。
「ちょっといいかな」
そう言うなり、ハラヘリーナさんは俺の手をギュッと握った。そして見えない粉でも振りかけるように手をひらひらさせると「ライライライ!!」
ん?何?
「えへへ、魔法をかけました。三人の旅が無事に終わるように、とね」
ニッと相変わらず歯並びのいい歯を見せる。
ほんと、面白い方だ。
ハラヘリーナさんには本当に沢山助けていただいた。
「聖女さん、一つ聞いてもいいかな」
「もう聖女じゃありません」
「いいの、僕にとってはあなたは紛れもなく聖女だから」
ね、と笑う。
こういうとこ、本当にすき。
「あの後仏像を調べたんだけど、やっぱりもう魔法は残ってなかったんだ」
「そうですか」
「うん。そうそう、どうしても気になっていることがあって。いくつか仏像彫ってたけど、魔法が出たのはあの仏像だけだよね?なぜあの仏像だけ薬を出すことができたのか、あなたはその答えを知っているのですか?」
いつものニコニコ顔が急にシュッとして、真剣な表情を見せる。
ずっと不思議でならないことだった。魔力のないオーロラと俺が起こした奇跡のような魔法。
一つだけわかったことがる。
「一つ託してもいいですか」
「え?なになに?きゃー内緒話」
「実はもう一つ、薬が出た仏像があります。それは誰にも見つからないようにあの森の屋敷においてあります。それをハラヘリーナさんに託したいのです」
あの仏様がもう醜い欲に振り回されぬように。この方なら、きっと仏様を守ってくださるだろう。
「え?それはまた魔法の薬がでるの?どうして??他のはダメだったんだよね?」
「おそらく仏像の裏に記した文字だと思います」
ハラヘリーナさんは顎に手を当てて考えていた。
「あの足元の裏に書いてあった文字?」
他の薬師如来像を彫っても薬は現れなかった。薬を出すことができたのは、今王室が押収しているあの像と、そして最後に彫った薬師如来像。
その二つの唯一の共通点。
それは俺が記した署名だった。
アン無阿弥陀。
「異国の言葉みたいだっけど、あれはどういう意味なの?」
ラベンダーとグナシが呼んでいる。手続きが終わったようだ。
もう行かなくては。
本当に国を出るのだ。
王子にもハラヘリーナさんにも当面会うことはできないだろう。
ハラヘリーナさんに向き直り最後に伝えた。
「アン阿弥陀仏と呼びます。またの名を快慶」
そう、俺の名前だ。
俺は鎌倉時代の大仏師、快慶ーーー。
聖女の仏像は、世界を救う!〜鎌倉時代の仏師、聖女に転生する 春風 うさぎ @kinnkumamimi
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