第52話 旅立ち
「オーロラ様!!急ぎませんと」
大きな荷物を背負ったラベンダーが俺を手招きする。
「そうっすよ。元聖女さんよ。これじゃ国を出る前に日が暮れちまいますぜ」
ラベンダー同様に肩から大きな荷物を斜めにかけているグナシが同調する。
ごめんなさい、駆け足で二人の元に行く。
この世界ですべきことが見つかると王子へと告げた。
「国を出たいと思います」
王子はなんと?と聞き返した。再度同じ言葉を言う。
王子は笑っていた。国を出てどうすると。
恋人と喧嘩をした女子のヒステリーだと思っていたのだろう。
どうせ明日になれば気が変わるはず。
「勝手にしろ」
だが明日になっても気持ちは変わらず、聖女見習いの座を退き国を後にして旅に出るところだ。
当初は当然、一人で旅に出るつもりだった。
だが、ラベンダーがどうしても一緒に行くと言ってきかない。
「ラベンダー、旅に出るのだから毎日すごい距離を歩くし、宿だって決まってない。あなたが想像する以上に酷な世界よ」
彼女には何度も諭したが、ラベンダーの決意は固いものだった。
「オーロラ様にお供します。オーロラ様に仕えたあの日から私はこの方にどこまでもついていこうと決めていたのです。お共することをお許しください」
ラベンダーは俺の手を自分の胸に寄せて何度も懇願する。
豊満なバストが、ばいん、ばいんと触れる。
頭が混乱してぐるぐると周り、つい「わかった」といってしまった。
それだけで終わらなかった。
国を出る日、多くの貴族たちも好奇な視線を感じながら宮殿を出るとそこにグナシがいた。
壁に背を預けすっかり旅支度をして、「遅いわ」と愚痴りながら。
グナシはオーロラが国外に出ると耳にするや、一緒に旅に出ることにしたのだった。
もちろん俺もラベンダーも止めたんだが、なんと早技!
既に騎士団を除隊していて、ご実家にも国を出ると告げていた。
いやいやいや、お前さん弟がいただろう。実家にも仕送りをしていたし、簡単に国を出るって決めたらダメだろう。
「なーに、弟はあれから徐々に元気になったし、治療費も掛からなくなったんでな。仕送りの必要も無くなったし、家族もすっかり昔の戻って平和になったよ。だからちょっと自由にやらせてもらおうと思ってよ」
だからって。
「元聖女さん。弟はあんたに救われたようなものだ。だから今度は俺があんたに恩返しする。女二人の旅は物騒だろ。用心棒になってやるよ」
こう見えても剣の腕は結構立つんだぜ!と力拳を見せる。
ラベンダーと顔を見合わせて、声を出して笑う。
少しばかり、いや実をいえば旅に出るという決意は不安でもあったけど、こうして信頼できる仲間に囲まれて勇気が出た。
宮殿の庭は広大で、端まではなかなかの距離がある。
元気に歩くラベンダーと「そんなに飛ばすと後でバテるぜ」と制するグナシ。
先を歩く二人を見ながら、俺は静かに手を合わせる。どうか、この3人の旅に御仏のご加護と導きを。
「こう見えて体力あるのよ。侍女は宮殿を駆け回ッてるんだからね」
グナシと言い合っていたラベンダーが足を止める。
馬車が止まってっていて、従者がこちらを見るなりペコリと頭を下げる。
「お待ちしておりました」
三人で顔を見合わせる。
お待ちしてた?誰を?
「どうぞお乗り下さい。国境までお送り致します」
「え?送るって私たちを?誰が手配したの?」
グナシも首を振り、当然ラベンダーもいいえと首を振る。
従者は答えなかったが、ちらりと俺たちの後ろに目をやる。
振り返り、その視線の先を見た。
庭に数名の従者を従えたリース王子が立ち、俺たちを静かに見つめていた。いつも通り、くらっとするくらいにいい男だ。
しばらくの間、俺たちと王子はどちらも黙って見つめあっていた。ラベンダーとグナシはいつも通り膝をおり王子に頭を下げた。
俺もまた頭を下げた。
最後までお気遣いありがとうございます。
リース王子、行って参ります。王子の益々のご健勝をお祈り致します。
ゆっくりと頭を上げる。
王子はそのままの姿勢でこちらを見ていた。
「さ、行こう」
声をかけると二人はトコトコと歩き出す。
チラリと振り返ると王子はまだこちらを見ていた。そして片手を上げた。
俺もそれに応えるように、手を振る。
遠くてはっきりとは分からなかったが、王子が微笑み口がわずかに動いたように見えた。
「オーロラ」と言った気がした。
お天気王子様。
『いいのかい。行ってしまって』
––––––––いいのです。
隣にいるオーロラに声をかける。
隣にいると言ってもそれは俺にだけ見える姿だった。
俺とオーロラは初めて言葉を交わした。
–––––––今のままの私ではあのお方の隣には立つ資格はありません。
『旅の道中にどんな試練や苦難が待ち構えているかもわからん。だが、必ずや御仏のお力で人々を救い、真の聖女となって戻ってこよう』
–––––––リース様、どうかそれまで、離れることをお許しください。
オーロラは託すように俺の顔をじっと見て、そして霞のように消えていった。
オーロラが微笑めば王子も微笑み、王子が目線を送れば、オーロラもまた見つめ返す。そういう二人なのだ。
恋をするとはなんとも美しい心なのだろう。
二人のいじらしい想いが心の奥深いところまで伝わってくる。
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