最終話 冬の日(2)

 母さんに大目玉を食らったあと、クリスと食事をして食堂を出ると、ちゃっかりトシキが待っていた。

「くそー。覚えてろよ、トシキ」 

 というと、トシキはすまんすまんと笑いながら謝った。

「というわけで、あの本はトシキのものだ。ちゃんとソフィアにも訂正しといてくれよ」

 クリスは、不思議そうに僕を見ていたが、了承してくれた。


 僕らはグラウンドに積もった雪を見るために、グラウンドに向かって歩き出した。

 トシキが思い出したように尋ねてきた。

「信弘さんの探偵業って、まだ続いてるのか」

「ああ、村で対人スキルを鍛え上げられたせいか、長続きしてるよ。儲かっているのかは知らないけど」


 夏休みが終わってしばらくして、父さんは探偵事務所を開いた。

 表向きは大手の探偵事務所の下請けをしつつ、リア親子のように村との連絡が途絶した人間を捜索するのが本来の目的のようだ。本来はばあちゃんがやっていたらしいが、そろそろ体力的にきつかったという。日本円としてどれくらいの収入になるのかわからないが、とりあえず僕らを学校に行かせるくらいのあてはある、と豪語していた。


 ケラ子の父親についても、触れておきたい。

 ばあちゃんから、岸部和夫のことを聞いた。

 岸部和夫は、母さんと結婚した後、父さんと同じように村のことを知り、村役場で働き始めた。仕事ぶりはまじめで、評判も良かったという。

 だがある日、岸部は日本で知り合った不幸な人間に対して、村に無断で村人認定書を発行してしまった。

 村人認定書、つまり村への通行許可証は、旧来の村人の身内にしか基本的に発行されない。当然、正体のわからない新しい村人は疎んじられ、現実世界でも異世界村でも居場所をなくした新しい村人は、最終的に村の外に逃げ出して行方知れずとなった。

 岸部はその村人を追いかけて村の外に出て、やはり同様に戻ってこなかったという。

 岸部がいなくなってから、幼いケラ子を抱えた母さんはかなり苦労したそうだ。


 ばあちゃんは僕にこう言った。

「優しいだけじゃ、誰も助けられない。もしそれができると思うなら、それは誰かの力に頼ってしまっている時だ。

 他人の力で誰かを助けるのが当たり前になっちゃダメ。

 それが自分の力だと勘違いしてしまったら、すぐに大きなしっぺ返しを食らうもんさ」

 母さんが前に父さんに言い放った「だってあなたは、無職だから」という言葉の意味を、僕は初めて知った。あれは母さん自身の後悔だったのだ。


 実際のところ、今の父さんなら、他の世界から来ている村人と金になりそうなものを交易するだけで、十分すぎる収入が得られるだろう。村のことを知ったばかりの父さんだったら、安易にそういうこともしたのかもしれない。けれど、今の父さんなら、たぶんやらない。


 …というような話を先日トシキにしたところ、

「いや、最近うちの父ちゃんと信弘さん、うちで飲んでるときそんな感じの儲け話で盛り上がってるぞ」と返ってきた。まったく油断ならない。

 ケラ子や母さんの言う通り、うちの父さんは根っからの山師なのだった。


「北海道は、冬休みが長いんだろ。いいなあ」

 そうトシキに言うと、トシキはため息をついた。

「何がいいもんか。雪ばかりで出られないから休みなんだぞ」

「それは富山も同じだよ。暖かい地方出身のやつ、村人にならないかな」

「だったら、今度チャドのところに遊びに行こうぜ」

「うーん、もう少し、タイ語の自信がついたらな」


 同じ世界の人間ですら、国が違うと、ここから出たとたんに言葉が通じなくなる。

 あまりに不便なので、僕らは互いの国の言葉を学び始めていた。はじめはできっこないと思っていたが、クリスが日本語をカタコトでも話し始めてきたため、不可能ではないことが証明されてしまった。


「来年は受験生だから夏休みも忙しそうだなあ」

「トシキは、塾とか行くのか?」

「そんなもんねえよ。ヨウタの近所にはあるのか?」

「ない。それどころか、高校になったら寮に入る羽目になるかも」

「あー…、そうか。あれ、ひょっとして、俺もか!?」

 僕らの家はあまりにも田舎過ぎて、自宅から高校への通学が困難なのだ。

「やだなあ。寮とかになったら、勝手口も使えないだろうし」


 くい、と誰かが袖を引くのに気が付いた。ケラ子だ。

「にーちゃ、高校に入ったら引っ越しちゃうの…?」

 涙ぐみながら上目遣いで見つめるケラ子に、僕は慌てた。

「いや、ずっと先の話だよ」

 と言っても、それだけではケラ子は安心できまい。


「そうだ!だったらさ、俺たち同じ高校に行って、一軒家とか借りればいいんじゃないか?」

 トシキがいかにも名案という口調で持ち掛けてきた。

「そしたら、家賃とか光熱費とか折半できるし、帰省のときも異世界村経由であっという間だろ?親が同居する前提で借りられるし、飯は食堂で食えるし、ケラ子ちゃんも安心だ」

「おおぅ!」

 いいのかな、という気もするが、実現すれば確かに割安だ。

「なんだ、お前ら一緒に住むのか?だったら俺たちも遊びに行くぞ」

 クリスたちも乗っかってきた。

「それはいいな、僕も一枚かませろ。アキハバラのそばにするのだ」

 いつの間に後ろにいたんだ、ソフィア。


 いい感じだ。将来が明るく見えてきた。

 …と思ったら、とたんに空が暗くなった。あいつだ。

 巨鳥がグラウンドに舞い降りるのを見て、僕らもグラウンドに走った。

「久しぶりだな、イド」

 イドは、背中の羽毛の隙間からもそもそと出てきた。

「いやもう、冬はクッソ寒くてなあ」

 そりゃそうだろうな。

 先に来ていたラグナが、イドに

「おっせえよ。冬眠しそうになったわ」

 と言い、隣でカグラが

「竜人族ギャグだよー」と注釈を入れた。


「カグラ、こんな寒いところに出てきてていいのか?おなかの赤ちゃんに障るだろう」

 と、心配になって尋ねると、カグラは

「この鳥さんの羽毛を分けてもらいに来たんだよー。すぐ帰るからー」

 とあっけらかんと答えた。

 ラグナもさっきは仕事だと言っていたのに、仲のいいことだ。


「ところで、これさっき撮ってきた写真なんだけど、お前らこういうの見たことある?」

 イドはポラロイド写真を取り出した。

 雪をかぶっているが、日本の神社のように見える。それも、かなり立派だ。日光の東照宮くらいだろうか。


「どこで撮ってきたんだ、こんなの」

「それがさー、今まで何度も通ったルートなんだけど、今朝突然湧いて出たんだよね」

 僕らは、顔を見合わせた。


「寒いから、また春になってからにしようぜ」とラグナ。

「すごいな!これ、前にヨウタたちの世界で見たのと似てるな!不思議だな!」とクリス。

「待て待て、寺院といったらレイスの住処じゃないか。808匹いるんだろ。危険だ」とソフィア。

「これは、あれだねー。前に本で見た『着物』で行くところじゃない?」とカグラ。

「日本のテンプル、行ってみたい」とチャド。

「みんな冬眠してるから、危険な魔物もいないよ」とメル。

「山もないし、歩いていける距離だったぞ」とイド。

 そして「どうする?」とトシキ。

 みんな、僕の言葉を待っていた。


「今日は寒いからやめとこう。食堂に戻って、ボードゲームしようぜ」

 トシキが言った。

「だよな」


(了)

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ぼくとケラ子の夏休み こやま智 @KoyamaSatoshi

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