第55話 冬の日(1)

 期末テストが終わり、クリスマスを迎える頃、村に初雪が降った。


 富山ではとっくに雪が根付いていて、学校に行くのも一苦労だ。

 これからは村のほうでも雪装備かと思うとうんざりした。夏休み前のインドア派に戻りかけている。なんだかんだ、ゲームだって楽しいのだ。


 食堂に行く途中、リアとすれ違った。

「こんにちは。寒いね。薪ストーブ、どうなった?」

「あ、お兄さん。おはようございます。まだ少し苦労してます」

 親子は、まだ村の中の空き住居に住んでいる。母親のユミのほうに社会復帰の意思が薄い。ロビンの世話焼き女房みたいになっている、とリアから聞いている。

 ロビンも、そろそろはっきりさせないといけないだろう。リアは結局、まだ学校に行けていないのだ。うちかトシキの家で養子として引き取ろうか、なんて話も出てきているくらいだ。

「も、もうすぐクリスマスですね」

「そうだね」

 今年は食堂でパーティーをやろう、なんて話も出ている。

 思えば、去年は父さんと二人だった。

「今年は、食堂の二階で一晩中、みんなでボードゲームやトランプかな」

「楽しみです。ケラちゃんがトランプのイカサマの練習してましたよ」

「むむ、あいつめ」

 二人で笑った。

 リアは栄養状態も良くなり、ユミともども健康的になった。あの頃のような、しんどそうな雰囲気はない。

「ハチたちはどうしてる?」

「それが、昨日雪が降ったので、ハチだけ家の中に入れたんですけど、そしたらヘルハウンド達がすねちゃって…」

「あいつらにとっては、プライドとどっちをとるかだもんな」

 ここのところ村はすっかり平和だが、ヘルハウンド達は今も村への恩義から門番を続けている。犬小屋から顔だけ出している姿に、あまり威厳はないのだが。


 リアと離れ、食堂にたどり着いたところで、店から出てくるラグナに出くわした。

「よう、久しぶり」

 向こうから話しかけてきた。

「とうとう村にも降ったな。あっちとの温度差がエグいのなんの」

 竜人族も、爬虫類と同じで寒さには弱いようだ。

「ところで、そっちの村の復興具合は?」

 尋ねると、ボリボリと頭を掻きながら答えてくれた。

「まあ、建物はあらかた修復したかな。あとはまあ、道とか、墓とか」

 墓とは、戦没者の慰霊碑のことだ。

 あの襲撃で、だいたい竜人族の半分、三百人くらいが亡くなったそうだ。

「あ…あとは、まだあれが残ってる。『勇者の像』」


「ホントなのか、あの話」

 思わず聞き返した。

「もちろん」

 どうやら、あの日救出に向かった村人たちは、向こうでは勇者認定されてしまっているのだという。しかも、その代表として最も英雄視されているのが、父さんだというのだ。

 町の真ん中に、父さんの銅像が立つという。

「いやほんと。すごかったんだって、あの日のノブヒロさんは」

「いやぁ、そういわれてもな~」

「ヨウタも、勇者の息子とか行ってこっちの世界に来たら、きっとモテモテだぜ?」


「なに、モテモテがどうしたって?」

 後ろからトシキが抱きついてきた。

「よう、非モテ」

 ラグナが苦笑いしながら声をかける。

「合コン?合コンの話?」

「中学二年生で合コンなんかあるかよ」

 最近、トシキは口を開けば女の子の話ばかりだ。

「ばっかだな、ヨウタ。それはきっと富山と北海道にないだけだぜ。東京に行けばあるに決まってる」

 偏見と願望に満ちた意見だ、と思う。

「いや、そんなことないだろう。東京の中学生なんて、参考書とスマホばっかり見てるに決まってる」

 こっちもたいがい偏見だが。


 ラグナがはっと気づいて、いけねえ、とつぶやいた。

「そろそろ俺、仕事に戻るわ。クリスマス?とやらは楽しみにしてる」

「うん。カグラによろしく」

 ラグナはさっと手を振って、通りの向こうに走っていった。

「え?カグラちゃん、どしたの?」

だってよ。昨日言ってた」

 トシキはそれを聞いて、膝から崩れ落ちた。


「オトナだ、ラグナがオトナになっちまった…」

 トシキは食堂のテーブルに着くなり、突っ伏してさめざめと泣き始めた。

 配膳の母さんがトシキを指差して(どうしたの?)というジェスチャーをしたので、僕は(さあね)という手振りで返した。

「まあまあ、トシキと現代日本では、色々違うんだからさ…」

 慰めようとしたが、トシキは顔を伏せたまま、女々しく愚痴り始めた。

「俺たち、夏休みに入るころはみんな等しく子供だったじゃん。それが、色んなことがあったとはいえ、ひと月足らずであのラグナが族長だぞ?族長。しかも嫁さんまでついて。同い年として、どう思うよ?」

「うーん、そこまで焦るほどのことかなあ」

 内心焦っていないわけではなかったが、平静を装った。


「焦るほどのことなんだよ。こないだ、参考資料を渡しただろ。読んだか?」

 急にトシキが声を潜めた。

「いや、いきなりあんな本持ってくるなよ。めっちゃ焦ったわ」

 僕もトシキ以上にひそひそ声になった。

 トシキは先日、僕に無理やりエロ本を押し付けて帰っていったのだ。

 たぶん内容としてはライトなほうで、数ページのカラーグラビアと出典不明な女の子攻略記事、おまけのエロ漫画といった内容だった。いや、読んでない。読んでないから中身も知らないが。

「ただでさえ、うちはステップファミリーなんだからさ…。見つかったら面倒なんだよ。ケラ子だって勝手に部屋に入ってくるのに」

「そしたら、あの本はどこに隠したんだ」

「クリスに預かってもらってる」


 トシキが目を丸くした。

「…なんて?」

「クリスだよ。あいつは興味ないだろうと思って」

「バッカお前、あのクリスだぞ?本という本はページ番号まで熟読するに決まっているだろう。今頃あいつ『すごいな!』とかいって…」


 少し遅かった。扉が勢いよく開く音がした。

 続けて、クリスがエロ本を高々と右手に掲げて入ってきた。

「すごいな!女体の神秘だな!!こうなってるんだな!!!」

「ほらあああああ!!」

「こういう本があると便利だな!俺たち見られないもんな!!これ書いた人すごいな!!」

「ククククリス!それしまえ!いったんしまえ!!そして黙れ!!!」

 僕も必死に奪い返そうとしたが、クリスの口上は止まらない。

「さっきソフィアにも見せたけどびっくりしてたな!やっぱりヨウタは勉強熱心だって言ってたぞ!!」

「なにしてくれてんだあああ!!」


「にーちゃ、どうしたの?」

 二階からケラ子まで降りてきた。

「ケラ子!なんでもありません!あっち行ってなさい!!」

「じゃ、俺はお先に」

「トシキ!逃げんな!!」

 言うが早いか、トシキはとっとと走って逃げてしまった。


 クリスを何とか黙らせて本を奪い返したが、客の視線は僕に集中していた。

 恐る恐る母さんのほうを見ると、母さんはにっこり笑っていた。

 そして笑顔のまま、首元で親指を横一文字に動かし、下に向けた。死ぬかも。

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