#5 この笑顔を
「兄貴には感謝してます! でも結婚するまでは手をつなぐ止まりですからねっ!」
ついでに
「お前ら落ち着け! 今は
一日かけて俺たちの「存在」を回復しつつ、紫珠と栄斗に自分の「存在」を握り込んで戦う方法を教え込んだ。
瑠生子は完全な零能力者のため結局「存在」を意識できなかったが、回復役としての同行を申し出てくれた。
俺が突撃し、栄斗がサポート。紫珠は瑠生子を守りつつ後方警戒。紫珠はもともと格闘技好きなだけあり栄斗が霞むくらい強かったし今までにない勝利目前感。
実際、次々と悪霊を昇天させ、住居部分から病院部分へはあっさり突入できた。病院の廊下も苦戦はしたが突破できた。
これ一人だったら維知のタイムリミットまで間に合わなかったかもしれない。今更ながらこいつらには本当に感謝だ。
だが悪霊が一番湧いてきた分娩室のドアを開けたとき、それまでの楽勝ムードが急に萎んだ。
額に「1」を浮かべた維知――の生霊を、呼び寄せていた存在がわかったのだ。前に写真で見せてもらったことがある。維知のお母さん。
「どうしてですか……」
生霊の維知が嬉しそうにしがみついている維知のお母さんを、目の前で殴るというところまで俺の覚悟が固まってなかった。
あとなんで全裸! おかげで栄斗もフットワーク鈍くなるし。
深呼吸する。
維知を守るためにはこれしかないんだ。拳に「1」をリロードしたそのとき、維知のお母さんの体がひび割れて――違う。恥ずかしさでちゃんと見ていなかったが、体にひび割れがあるんじゃない。無数の小さな手のひらで維知のお母さんのフォルムが作られていたのだ。
初めて背筋が芯まで凍った。
「
瑠生子の声で我に返る。瑠生子ももう霊を見えるくらいまで「存在」が減っているのか。
『助けて』
女の人の声が聞こえた。これ維知のお母さんの声?
途端に維知のお母さんの体が、頭以外が、無数の小さな赤ん坊の姿に分かれて、俺たちの方へ向かってきた。大部分が「-1」だが「-2」、「-3」、「-5」なんてのもいる。確かにこれはヤバい。
「いったん退くぞ!」
「うおおおっ!」
栄斗が回し蹴りで小さな悪霊を散らし、その隙に皆で脱出した。
耳の奥に『助けて』が残っている。でもまだあんなに悪霊が溜まっていたとは――皆の「存在」もかなり減っている。維知の「存在」もヤバい所まで来ているが――とため息をついたその時、廃墟の入り口から何人もの人影がなだれ込んできた。
「おぅおぅ、黒高のトップ二人がこんな場所でダブルデートかよ?」
「よく見りゃ二人ともいい女じゃねぇか。俺たちが遊んでやんよ!」
「て、テメェら……出州工業に摩尼高、芭明日学園の奴らまで!」
栄斗が普段相手にしている他高の連中か?
「すまねぇ兄貴。多分俺がつけられた」
「何言ってんだ栄斗、上出来だぜ。毟り放題じゃねぇか!」
一歩深く踏み込み、一番手前に居た奴の頭から一度に「3」も
いいなこれ。人間電池だ。
栄斗たちも俺に続く。
武器を持っているやつも多かったが「50」近くまで減っていると現実世界の衝撃もあまり感じない。鉄パイプがプラスチックバット並に感じるのだ。痛みが戻ってきたら四人して建物の中へ戻り、悪霊を昇天させまくる。
連合の連中も廃墟に入り込んで来たので、いい感じに補充しながら悪霊退治を続けられた。
おかげで連中が床に死屍累々と転がる頃にはほとんどの悪霊が居なくなった。
改めて、維知のお母さんの霊に向き合う。
「ありがとうございます……維知を、
その額の「-1」に手をのばすと、維知のお母さんは笑顔で頭をもたれてきた。手のひらに残った柔らかい頬の感触と涙とを静かに握りしめる。維知はもう大丈夫だとなぜか
「あとはお前だけか」
奥の椅子に座っている白衣の老人。その額には「4」――まさか、こいつも紫珠と同じように生きているのか?
「私は堕胎を頼まれただけ……私は悪くない! どうしてこんな目に遭うんだ!」
およそラスボスらしからぬ情けなさ。
もう一度連合軍の連中から毟りまくり、この病院の持ち主であろう老人の顔面にビンタで「存在」を叩き込んだ。
廃墟侵入でこっぴどく怒られるかと思いきや、なぜか俺たちは元院長を助け出した英雄扱いされた。
元院長は廃墟を公園にして供養塔を立てたあと、仏門に入ったそうだ。
連合の連中どもは「存在」を減らされ
紫珠は夜間中学からやり直し、何かわからないことがあるたびに俺に勉強を聞きに来る。栄斗もなぜかついてくるし、瑠生子も小学生のとき以上に俺の部屋に勝手に上がり込むようになった。
こいつらクッソうぜぇ……とは思うが、その横で笑う維知を見ていると、まあこれもいいかもなとも思う。
「兄貴! 隣町でまた悪霊の噂です! 退治に行きましょう!」
いややっぱうぜぇ!
The highlight in the twilight だんぞう @panda_bancho
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