34.雄。キャプテン。

 9月のなにもない日のこと。雄はささやかなホームパーティーを開きたいと思いついた。女バスのメンバーで美味しいものを食べ語り合うのだ。ただし雄には考えがあった。そして凛とるみにわざと声をかけなかった。


 女子4人は雄の家に集まった。一戸建ての立派な家で、屋敷ともよべる風情があり、雄の家族の裕福さを物語る家だった。


「執事やメイドがでてきそう。」


 信子が言った。雄はとくに家柄を気にかかるわけでもなく皆を奥へと案内した。立派なダイニングに花が飾ってあるのが印象的だった。


「さあ、沢山食べよ。」


 雄はそう言ってバニラエッセンスの香りのホットケーキミックスを器用にかき混ぜ始めた。テーブルにはチョコレート、ホイップクリーム、バター、ざらめ、ラズベリージャム、オレンジピール、いちご、その他の沢山のトッピングが並んでいる。


 ホットプレートにバターをしき、ホットケーキミックスを流し込む。上手にきつね色の焼色がついたところでひっくり返す。できたパンケーキを適当な大きさに切って皆でトッピングをつけて食べた。飲み物はコーヒー、コーラ、ジンジャーエール、苦い緑茶。甘すぎた人はコーヒーや緑茶で口直しする。気遣いの行き届いたチョイスだ。


「ラズベリーが美味しい。」


 麻帆が上品に1欠片食べながら言うのに対して奏歩はしゃべることができない程口いっぱいに頬張って、まるで冬眠前のリスのようだった。


「イチゴはマスト。」


 奏歩はもう何枚めかもわからないくらいパンケーキに夢中になっていた。それほど出来は良かった。雄もなんだか嬉しそうだ。


「私も。」


 作るのを麻帆にバトンタッチして雄は食べ始める。信子も、


「ケーキバイキングは憧れだったんだあ。」


とにこにこしていた。


「なぜ、今日は凛を呼ばなかったの?」


 信子が雄に核心を尋ねた。


「凛がいないところで、皆に話したいことがあるんだよ。」


 ひとしきりパンケーキを味わってお腹が落ち着いた所で雄が話し始めた。


「皆、凛についてどう思う?」


「嫌いだ。」奏歩がまっさきに言う。


「まあ、よく言っても、意地悪よね。」と麻帆。


「凛ちゃんはちょっと怖い。」信子が恐る恐る本音を言った。


「あまり良い評価がでてこないようね。」雄が皆の意見をまとめた。


「あのね、これは自慢じゃないの。あたしは村上先生からキャプテンをしないかって打診されてるの。まだ決定ではないんだけど、で、もう1人のキャプテン候補が奏歩なの。」雄は打ち明けるように言った。


「え、そんなの聞いてない。あたし村上先生に何も言われてない。」と奏歩。


「言わないでおこうと思ったんだけどね。余計な気を使わせるから。でも。」と雄。


「村上先生の考えでは、副キャプテンは凛なのよ。」


 なんだってと女子3人は話しを真剣に聞いていた。キャプテンが雄か奏歩、副キャプテンが凛というのはナンセンスな人選に思えた。


「副キャプテンを凛がやるならあたしは降りるよ。」と奏歩。


 凛との仲はまだじくじくしていて奏歩は完全には立ち直っていない。今やメンバーは奏歩に同情的で、凛1人が悪者みたいな空気すら、女バスの中には漂っていた。


 だが凛には状況判断能力が備わっており、とりわけ試合で負けている時にその状況を逆転させる頭の良さがあるのは確かだ。副キャプテンとしての器である。人間関係のいざこざを抜きにすれば適任だというのが雄の考えだった。


「凛はバスケに命をかけてない。でも負けたくないっていう粘りがあると思うの。」と雄。


「いつも冷静で落ち着いてるしね。」と麻帆。


「敵にしたくないタイプだよ。」信子。


「でも根性なしだ。シャトルランで最初にギブアップしたのは凛だ。」奏歩。


「奏歩ともう少し上手くやれば良いのにねえ。」


「イヤだ。あたしは絶対キャプテンはやらない。雄がキャプテンでいいじゃん。」


「だけどあたしは奏歩に実力で全てかなわないもん。」


「政治力ではかなってるよ。」


「それでもね。あたしはね、村上先生と同じ、近畿大会優勝を目標にしてもいいと思うの。多分いける。いや絶対いけるよこのチーム。だけど凛は嫌がるだろうな。」


「やる気がないなら辞めたっていいんだよ。」


「抜けられると困るじゃん。」


「誰か凛を説得しなよ。」


「じゃあもう一度、凛について皆の本音を教えて。」


「私は。凛ちゃんと2人きりだと緊張してお腹が痛くなる。何故かっていえば奏歩ちゃんを省いたときみたいに私もいつかターゲットにされるんじゃないかって怖いから。凛ちゃんは本気をだせば私なんてあっという間に抜かれるし、私身長くらいしか取り柄がないし。」


「信子、凛をそこまで信用してないんだね。凛はもうちょっといいやつだとは思うよ。」


「あたしにとっては都合のいい後輩よ。先輩として顔をたててくれるしよく従ってくれるし。本音はわからないとこはあるけど。後輩としてかわいいと思ったことはよくあるわ。」


「麻帆さんナイスフォロー。凛はほんとに人をよくみてる。」雄が言う。


「だから気にいらないと思ったら徹底的だし、自分にとって目上の人なら完全服従だし。よくもわるくも体育会系。極端だから敵にはしたくないタイプよね。皆の気持ちが聞けてよかった。やっぱりここはあたしがキャプテンをやったほうが丸く収まりそう。凛と協力して仲良くやれるのはあたしだ。さあ、もうちょっとパンケーキ残ってるよ、食べよう。」


 一同は納得して、このキャプテン騒動は丸く終わった。だが雄はこのとき、奏歩を超えなければいけないような胃の痛くなるプレッシャーを強く感じたのであった。

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