33.交換日記
凛は信子と奏歩が急接近したのを肌で敏感に感じていた。奏歩派が増えるのは凛にとって面白くない事態だった。それに信子は雄に憧れてるって言ってたんじゃないの? 雄じゃなくて奏歩かよ。凛は悪態をついた。そして交換日記には自分が今まで観察してきた人間模様を書こうと決めた。
『8月の間に信子はシューティング、奏歩はランをがんばったみたいです。三年をまじえたゲームでその成果をまざまざと見せつけられました。2人のコンビネーションは抜群で、頼もしい限りです。
でもそこで私は少し引っ掛かります。同じチームなのに奏歩は信子にだけ声をかけて私や雄、麻帆さんはおいてきぼりにしたことです。多少悪意を感じます。
2人が主力プレーヤーになった今、キャプテンは誰になるんですか? それに村上先生は前からずっと奏歩を贔屓しています。確かに奏歩はバスケにおいて抜きん出ているけど日常生活では頑固で唯我独尊で協調性にかける難しい人間なんですよ。彼女にもうちょっと社会性を学んでもらわないとチームワークにヒビがはいります。
私たちはただの中学生、奏歩みたいにバスケに命はかけられません。先生、バランスのよい指導をおねがいします。
ところで雄と麻帆さんはオシャレの事で意気投合したみたい。麻帆さんは最初のころみたいな怖さは無くなり今では私たちのよいアネゴです。雄は元々人当たりがよくて運動神経もいいしキャプテンには適任です。以上が私の感じたことでした。』
凛らしい、愚痴であった。村上先生はこれを読んで、苦笑いするしかなかった。
500字をかけ、という指示にもかかわらず奏歩の日記はシンプルだった。
『8月の努力の成果がでました。信子はシュートが入るから頼もしい。私は始めてチームメイトに安心してパスを回せるようになりました。』
奏歩は父のことには一切触れなかった。心の隙間で悩んではいたが、それよりも信子とのチームプレーが楽しくて仕方なかった。奏歩に始めてできたチームメイトだったのだ。
雄はとりわけて悩みはなかった。奏歩と信子が仲良くなったのも雄は心から喜んでいたし凛のような積極的な意地悪もしなかった。8月には適度に体を動かしており鈍りも最小限だった。しいていうなら雄の憧れ、綾瀬くんと何の接点もなかった事がマイナスポイントだ。
男子バスケ部との合同練習は夏休みには行われなかった。雄の存在を綾瀬くんは知らない。ただの1ファンとしてすらお近づきになれない。まるで芸能人を追いかけているみたいな虚しい気持ちを雄は抱いていた。
『8月のたるんだ分を取り返すためには男子と合同練習したほうがいいです。』
雄は個人的な希望を述べた。
『いくら頭がよくなってフォーメーションを組んだところで結局は体力勝負ではないでしょうか。自分たちより早い人がいるという意識がチームを強くするんだと思います。前に進みましょう先生。あたしは今更ですが山本学園に勝ちたくなってきました。次の試合では絶対に。あたしたちはいいチームです。このまま突き進みましょう。』
最後に村上先生は麻帆の日記を手に取った。
『あたしは、校長の言った言葉をずっと引きずっています。』
麻帆だけ異色の内容だった。
『青春ってなんだろうとずっと考えてしまいます。雄みたいに分かりやすく恋、凛と奏歩みたいに喧嘩、信子みたいにバスケに集中できたらいいけど。あたしは色々深く考えすぎなのかも。でも先生、中学はお子様、を卒業する特別な時期ですよね。一般的には自我が芽生えるって言われているけど、芽生えると同時につみとられもする。周囲に揉まれて揉まれて育つ野いちごみたいな時代だと思います。奏歩の芽を摘んだのが凛なら、凛の芽は、信子が摘むんじゃないかなって。』
麻帆の意味深い予言の書を村上先生はしばらくの間眺め続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます