32.奏歩。父。
奏歩の父親は故障者だった。現役途中に足を痛め引退を余儀なくされ、勤めていたプロチームを実質解雇という流れで辞めていた。
バスケを辞めてからは家族を養うため自動車の期間工として金を稼いだ。だがバスケの夢は捨てきれず一人娘の奏歩が生まれるやボールをもたせて育てたのだった。
奏歩は父親からドリブルを教わった。左手でドリブルしながら右手で腕立て伏せなんて技もこなせるようになった。
「器用になったな。」父親は褒めてくれた。
奏歩は父を誰よりも誇りに思っていたため少しでも父に近づきたいと練習は欠かさなかった。ボールを持っているのが当然だった。
凛に心ない落書きをされたあともその落書きをなんとか消した後もだ。凛がどれだけ奏歩を傷つけようともバスケ選手になるという目標は揺るがなかった。
夏休みの練習がなくなったときいて、父は特別メニューを組んでくれた。ストレッチ、フットワークから始まり5キロランに終わるそのメニューは過酷だった。しかし奏歩は楽しかった。今、信子というチームメイトを得て一緒にシューティングする体育館もある。孤独ではなくなったのだ。
父は仕事がてら多くを見てはもらえない。奏歩が独立するチャンスでもあった。父親の操り人形だった小学校時代を越えて自分の意思でバスケを続ける中学生の女子になった。
奏歩は反抗期を迎えていた。今ならディフェンス3人でも抜けそう。奏歩は日々の地道なトレーニングを着実にこなしていくのであった。
父親は、わずかな奏歩の変化を察知していなかった。娘をまだ子ども扱いしていたのだ。学校でいろんな人と出あっていること、村上先生という指導者の方向性も父は知らなかった。
奏歩が信子と共に出歩くのを良しとしなかった。それに信子と一緒だと走れない。
「奏歩、家にいなさい。」8月中父はことあるごとに叱っていった。
足を痛めるようなやわな女のコというのが父の認識だった。いや、彼は信子に昔故障した自分の情けなさを投影してみてしまっていた。
「イヤだ。」奏歩は父親に反抗するようになった。
「今日は信子んちに誘われてるんだ。」
「迷惑だろう。」
「そんなことない。」
「せっかく父さんが休みなのに親不孝なやつだ。」
「父さん、あたしもう中学生なんだよ。」
「誰がここまで育てたとおもってるんだ。」
「そんな言い草横暴だ。」
「いいから言うことをききなさい。」
「イヤだ。信子はバスケ部の子だよ、何が不満なの。」
「夏休みを本当に休みにするような弱小チームだろ、友達の影響でトレーニングをしなくなるんじゃないか。」
「信子は熱心にシューティングしてんだよ、ほっといて。」
ほっといて、の言葉は父にとってきついものがあった。今まで手のひらの上にいた愛娘。しかし彼女は今安全なその場所を飛び出していこうとしている。母親からは「お父さん」とたしなめられる始末。父は奏歩がどこへ向かおうとするのか心配でならなかった。
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