31.奏歩。信子。
奏歩はよく走った。こぼれたボールはとりあえず奏歩へ集めよう、Bチームのタイムアウトで有佐はそう指示した。Aチームナノは、
「めっちゃ走り負けてるよ!こっちのボールキープも弱い。まずいよめっちゃ!」と凛、雄にカツをいれた。
確かに乗りにのるBチームに対してAチーム凛、雄は走り負けていた。8月の1月間何もしなかったのが祟り目にでている。
奏歩と信子は2人で秘密練習と称して毎日バスケのトレーニングを行っていた。奏歩の走り方はもはや地を這い回る蜘蛛のようだった。四方八方に足があるかのようにどの角度でもどのタイミングでも、対応してボールにとびついてくる。それは執念の賜物といえた。
そして信子。信子は凛とビリ争いをしていた以前の彼女ではもうなかった。足を痛めた彼女はコツコツとシューティングを続けていた。8月の男子バスケの隣、誰もこない体育館に奏歩と2人、ひそかにいたのだ。いまや凛を遥かに凌ぐシュート力を身につけていた。センターだからスリーポイントはうてない、とは言わせないのが信子の執念。
1ヶ月のブランクと努力は、たしかに結果になって現れた。
信子と奏歩のペアが阿吽の呼吸でAチームを苦しめた。奏歩がぬく、信子にパスがはいる、ゴール下のシュート。奏歩がぬく、信子がスリーポイントラインで合わせる、スリーがはいる、と2人はいまややりたい放題だ。
一華とナノもなんとか得点にからんだが、Bチームの勢いを止めるには及ばなかった。ディフェンスが自然ときつくなる。雄と三年の唯は、センターまでボールが回ってこないので苛ついていた。バタバタと、ボールに絡まないまま走らされるのはとても苦痛なことなのだ。
結局初心者のるみを入れていたにもかかわらずAチーム対Bチームは20分のハーフ試合で12対47と大差が開く結果となった。村上先生は黙ってこの試合をみていたが、静かに立ち上がると「反省会をしましょう」と言った。
村上先生は撮っていたビデオを持って視聴覚室へとメンバーをつれていった。1つ1つのプレーをゆっくりとめながら見ると何が悪かったのかが浮き彫りになってくる。
「まずはナノが真ん中に突っ込むプレー」解説が始まった。
「ナノは1on1を仕掛けてる。それはいいことよ。だけどね、そのためのスペースがあまりにない。ナノが突っ込んでからみんな慌ててはけている。これじゃあ遅い。中身が元々ぐちゃぐちゃのお弁当をさらに上下にふっているようなもの。1on1の順序としては周りがある程度はけてスペースをつくってからそこを狙うようにしなさい。誰がやるにしても同じよ。
ディフェンスが3枚いるところに1on1を仕掛けたんじゃ取られるのは当たり前。ほらここで信子と麻帆が囲んでルーズボールになったでしょう。勝負を仕掛けるのはスペースがある方へが基本です。つまりガードに勝負させ、テクニックを発揮してもらうためには周りが素早く捌けなさい。」
村上先生は水をのんで、一息ついた。
「そして今回、とても点差が開いた原因は速攻を決められたことね。奏歩はよくみていました。走り時はここです。速攻をできるようになれば面白いように点差が開くわ。バスケの基本は速攻よ」
「次に凛が唯へバウンドパスしました。唯はここでもらうべきじゃなかったわね。信子が固くガードして待ち構えていたもの。にっちもさっちもいかなくなる選択肢を選んだのは凛と唯の責任よ。さらに言えば凛がここでパスするしかなかったのが悪い。
雄が逆サイドにいてあげたらもっとパスワークの選択肢が広がっていたはずよ。ここで奏歩が走ってる。これは素晴らしいわ。味方ボールになるやいなやダッシュしていて見事です」
「さて、ビデオでよくみるとわかるでしょうけど負けているチームを観察するのもある意味ポイントよ。弱い方のチームには、どんな特徴があるかわかるだけあげてみて」
雄が手を挙げた。
「シュートが闇雲で、入りそうにない。パス回しは、ディフェンスされて足の動きが止まったあとに苦しげにパス回ししている、センターが動いていないから中がぎゅうぎゅう、せっかく与えられたフリースローを落とす、周りを囲まれてからパスを出そうとしている、です」
「よく見ているわね、そのとおり。次に凛、どうかしら?」
「はい。ガードのボールをもつ時間が長いと思います。またメンバーがみな揃っていないのに攻撃を仕掛けてるから4対5とか、ディフェンスが1人多くて有利なままシュートしたりして、雄が言ったとおりシュートも闇雲で。それから走るコースがまちまちで、ガードのボール運びする邪魔をしています。チームなのにお互い足を引っ張りあってる。そして強いチームはセンターとセンターが連携していますが弱いチームはバラバラ。
最悪なのは身長のミスマッチがあるのにガードがセンタープレーをやっている。弾かれて速攻されていました。最後に、3on2や2on1がない。走るのがダラダラしてみえます」
「凛、なかなかの分析だわ。さてみなさん。夏休みはダラダラ過ごしたのかしら? 試合してみてそれをみてみてよくわかったでしょう。自分たちが低レベルだと。各自500字で反省文を交換日記に書きなさい!」
新学期早々、村上先生はいやに張り切っている。凛たちは、黙々と机にむかいノートを書き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます