第6話 君の笑顔
勇気を出して声をかけたあの日、俺は多分人生で1番緊張したのではないかと思う。それは高校受験の時よりもきっと
握った拳には汗が溜まっていたと思うし胸の鼓動だって普段より脈を打つ感覚が早く感じていた。
どんな結果が訪れようとも覚悟は決めていたが正直なところ、かなりビビってはいた。
だからこそあの時の結果が何よりも嬉しかった
・・・・・・・・・
「朝から幸せそうだね、昨日なんかあったの?」
まだクラスメイトが全員集まっていない教室で彼女、青木沙耶香から問いかけられていた。
基本的に朝は苦手だ、だからこそいつもは覇気のない眠たげな様子で登校してくるのがほとんど。
けれど、今朝の俺は普段とは雰囲気が違っていた。喜び…普段よりは活気があったのかもしれない。そんな細かな様子に気がつかないほど鈍感女ではない青木は、俺と挨拶をして否や普段との違いに気づき疑問を解消しようとしてきたのである。
「別に何でもないよ、今日はちょっと気分がいいだけだわ」
「いやいや、絶対嘘だって!だって普段ならもうちょっと目が半目だし、今日のは何だろう…覇気がある感じ?」
何故だが馬鹿にされている気分だ、そんなに死にそうな様子で登校していたのか…
自分の日々の表情なんてものは、日々の生活で鏡を見ないと気がつく事なんてない。自分の顔がどうとか…なんてものは基本他者からの指摘からなのだから。
それにたとえ鏡を見せられても、その違いなんてものは分からない。いったい、普段はどんな表情なのだろう
「あ、そうだ!昨日の沖田さんに話しかける事できた?」
「え、、、あー…まぁ何とか?」
「何でそんなに歯切れが悪いのさ。もしかして失敗しちゃったの?」
あまり話したくない話題を持ってきたか…
きっと嘘はつけない。正直に話そうと口を開いた。
「実は……」
沖田咲夜に声を掛けて一緒に最寄り駅まで向かうことになった道中、俺は緊張のあまりか話しかけることができなかった。とりあえず、簡単な問いかけをしてみせたが、どちらも発展することができずに終了。彼女を駅まで送り届けるということは達成したが、肝心の会話をして少しでも仲良くするという目的は失敗に終わったのだった。
「うわぁ、だっさ。これだから女性経験がない人は困るんだよ!どうしてそんな良い雰囲気になったのになんも話すことができなかったのさ!」
「しょうがないだろう!俺だって緊張していたんだから。でも、俺はいいんだよ」
「何が?結果的に見れば失敗なんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけどさ。普通に話すことができて俺は嬉しかったわけよ」
あのまま行けば何もせずにただのクラスメイトで終わっていたし、コンビニでの出来事も時間が経過するにつれて薄らいでいく。俺はその時の話をするだけでも満足だった。
「よくわからないけど、正がそういうのなら良かったんじゃない?あ、そうだ景吾はどうしたの?普段ならもう来ているはずなんだけど」
「あいつは今日、遅刻してくるってさ。前々から傷んでいる肘の様子を見てくるらしい」
一人かけた中、いつものように話をしているとふと後ろから声を掛けられた。
女子の声だ、後ろを振り向くと今にも肩に触れて気づかせようとしたのだろうか、伸びた手を引っ込める沖田咲夜がそこに立っていた。
「お、おはよう!村上君!昨日はありがとうね!」
「お、おう。おはよう沖田さん・・・」
俺の返事を聞くと彼女は満足そうな顔をして前の方の自席へと腰を掛けていった。
固まったいた俺を溶かしてくれたのは隣にいるおしゃべりな女子の一言だった
「とりあえず、良かったね。まだ何とかなりそうじゃ~ん」
嬉しさのあまりHRの予鈴の音が聞こえなかったのは言うまでもなかった。
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