第4話 彼岸花を手に取って

「えっーと…永倉さんって…」


「なんで片言だし。私も咲夜ちゃんみたくフレンドリーに接してよ〜」


ネクタイの色からして三年生だろうか、少しダルっとした雰囲気があるもののしっかりと女性としての魅力が醸し出されているハリのあるスタイル。

クセのあるショートヘアな黒髪が似合う彼女は永倉香奈江と名乗った。そしてかの有名な新撰組の2番隊組長でもある永倉新八であるということも


「あ、いや。まだ沖田さんとは話した事ないですし。彼女人気者ですから…てか、あなたってあの永倉新八…さんのクローン的な人なんですか…?」


「的な、じゃなくてちゃんとクローンだし。いやー、それにしてもあの子が惚れた人がこんな貧弱そうな男とは…もし、現世に新撰組があったとしても君には入隊できないぞ」


俺が驚いている暇もなく彼女は話を進めていく。このサバサバとした性格はきっと史実通りなのだろうか。いや、きっとそうに違いない。沖田総司より名前を聞かない人ではあるが、この人は剣の腕は最強とまで言われたのだ。そう、あの沖田総司よりも強いとまで聞いたことがある。何より幕末を生き延びて、しかも明治の時代までも駆け抜けていたのだ。新撰組の中で1番多くの戦地を経験してまでも彼は生き延びいる。そんな存在と一体何を話すというのだろう。


「あの〜すみません。ちょっと頭が追い付かなくて」


「え~、もうお昼なのにあまり切れがないね。うちの土方さんが見たら呆れてため息をつかれるよ」


いま、なんて言った・・・?土方さん・・・?もしかして土方歳三も転生しているのだろうか


「あの!土方歳三って新選組の鬼の副長って恐れられていた人ですよね!?」


「お、やっぱり知っているんだ。いや~、新選組の威信復旧のために最後まで尽力を尽くしてよかったよ。あの時は皆、私たちのことを悪だと思ってたからさ~」


「まぁ、しょうがないんだんだけどね」なんていつの間にか買っていたフルーツティーを飲みながら話す彼女の言葉を今振り返るとなぜだが、当時の記憶を持っているかのように思えてきた。


(あれ、そういえば・・・)


沖田咲夜からは昔の話を聞いたことがない。まだ、直接的に話したことはないし俺のコミュニケーション不足と言えば致し方がないのだが、クラスメイトと話す彼女から自分の前世の時の話を聞いたことがなかったのだ。

しかも、それは話さないように考え込んだ雰囲気もなく、ただ憶えていないような感じであった。


「あの、長倉さんってどれぐらい昔の記憶を持っているんですか・・・?」


「香奈江でいいよ。どうして?何か気になることでもあったのかい?」


「いや、沖田さんとは違って香奈江さんの話し方が昔の記憶を持っているかのように聞こえて・・・個人差があるのだと思うんですけど、どうなのかなって」


クローンとして生まれ変わりを果たしている人は記憶を持っているのかどうか、まだ比較対象が少なすぎて何とも言えないのだが直感だと今、目の前に立っている彼女とクラスで人気者な沖田咲夜とは何かが違っているように思えたのだ。

あまり言いたくない表情を浮かべている。なにか言えないことでもあるのだろうか、彼女は右手で持っていた飲み物を一気に飲み干した後、ため息を一つは吐き話を進めていった。


「君の言ったとおりだよ。アイツは昔の記憶を持っていない。血生臭いあの時代をかけていた思い出もないし、一緒に道場で馬鹿みたいに寝泊りをしていた記憶もね。ちょっと寂しいけどさ・・・」


「それって・・・何か問題でもあったからですか?」


「それはよくわからないんだよ。ちゃんと五体満足だし、頭だって優秀さ。それに別人というわけでもない、性別は変わっていたとしても私や土方さんははっきりと覚えていたんだ。あの整った顔立ちからくる鋭い眼光をね」


「けれど、彼女が持っていたのは器だけだったみたいで私たちのことは覚えていなかった。なんなら、私たちを見てお姉ちゃん?だなんて言ってきたぐらいだったからね。何とも愛らしかったよ」


彼女はそれは寂しそうに語っていた。何百年ぶりに再会を果たした青春時代の同志と思い出話の一つもできないなんて。新しい人生でもあるが、彼女らは生まれる前・前世の時代から固いきずなと腐れ縁で結ばれていた。それが見た目はそっくりさんなのに中身は真新しく、自分たちを姉のように慕っているのだから。引き離したくても仲間であり、今では家族となっている存在を受け入れるしかなかったのだから


「まぁ、記憶がなくてもいいんだけどね。あんな人を殺めすぎた前世なんて忘れた方がいい。誇りとかあるけどさ、今の時代はこんなにも平和になったんだ。また新しい人生を謳歌してもいいんじゃないかな。だからこそ、私は彼女の姉を演じるよ。寂しいのは変わらないけどね」


やっぱりこの人たちは歴史の偉人なんだなと実感させられる。

この人たちは自分と同い年ぐらいで大切な人を目の前で亡くしてきたはずだし、殺めてきたはずなんだ。だからこそ、その精神には尊敬するしかない。


「もし、生きていく中で彼女が前世の記憶を思い出したらどうするんですか?」


「ん…どうもしないかな~?ただ、普通に暮らすだろうし。それこそ昔のように呼び合ったりして楽しく暮らしていくよ」


そういって彼女は空になった容器をゴミ箱に入れて教室へと踵を返していった。


「あ、ちゃんと話しかけてあげるんだぞー!泣かしたら承知しないんだからな!」


元同僚でも今は姉

最後に伝えたときの表情は妹を思いやる姉の姿だった

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