第2話 キブシの匂い

『ねぇ!いつも保健室にいて楽しいの?』


『楽しいわけがないだろう…私だって外で遊びたい。けれど…身体が弱いから思いっきり遊べないんだ。私も姉さんたちと同じだったら…』


『そっか〜、じゃあお話ししようよ!』


『え…?』


『いつも保健室にいたら楽しくないでしょ?けれど他の人がいたら絶対、退屈にならないって!だから、君の体調がよくなるまで通うよ!』


『ふふ…変な人。ところで名前は?』


『村上正!君の名前は?』


『私はね………』


☆☆☆


「だいぶ懐かしい夢だな・・・」


懐かしい夢、詳しく覚えていないけどその出来事があったということはちゃんと覚えている。外で遊んでいるときや怪我したときにいつも保健室にいた女の子。少し強気な口調だったけど、凛とした表情と自分が他の人よりも体が弱いということを気にしているような気配を持っていた。

俺はその子のことが気になって名前を聞いた。そして、図書室や彼女が元気な時に外で遊んだ時を覚えている。そして、いつの間にかいなくなったということも


(しっかし、懐かしい夢だな~いつぶりだ?小学校の時の夢を見たのは)


元来、夢を見るタイプではないし夢占いなんてものも信じない。けれど、こうやって懐かしい人と出会う夢なんて言うのは気になってしまう。


「それにしてもあの人の名前って・・・何だっけ?」


どうしても思い出せない、当時の友人なんていうのも一人ぐらいだし保健室にいた彼女のことを覚えている人なんて、俺ぐらいだろう。母親などは知っているだろうか?きっと遊んでいた子の名前と顔は覚えているのかもしれない。

そうやって朝っぱらから頭を悩ませていると、コンコンっとノックが響く。きっと妹の麻耶が、俺が起きているのかを確認しにやってきたのだろう。今年で中学3年生となってもう1ヶ月と過ぎたが未だに兄のことを好きでいてくれるのは毎度のことながら嬉しい。


「お兄ちゃーん、起きてる~?おはよー」


俺の返事を聞く前に扉を開ける麻耶。白のセーラー服にショートヘア、ここ最近少し背が伸びたと言っているも未だに目標の155cmには到達していない事を気にしている妹は兄がここまで悩んでいることも知らない。


「もう7時だよ~、あたしもう朝ごはん食べちゃったからね!」


「はいはい、、、今いくよ。教えてくれてありがとな」


のしのしと階段を下りて朝飯のトーストに食らいつく。机の上には緑色の風呂敷に包まれたお弁当が置いてある。いつも5時ごろから起きて親父と俺の分の弁当を作ってくれるはは母には感謝しかない。


「早く食べちゃいなさい、ゆっくり食べてたら遅刻ギリギリなんだから。全くちゃんと寝てるの?」


「はいはい・・・そうだ、母さん。俺が昔遊んでいた女の子のこと覚えてる?」


ふと思い出して昔のことを母親に聞いてみた。当時のことをママ友などのつながりで接点があると思ったからだ。俺の突然の問いにビックリした様子を浮かべていたが、すぐに思い出すように考え込む。おしゃべりでつながりの深い母だが、長考しても答えが出ないということはきっと覚えていないのだろう。


「ん~、確かに遊んでいたような気がするけど憶えていないかな。小学校の時のママ友なんてもう、会ったりしないから。それより急にどうしたのよ?」


「いや、何でもない・・・」


話を逸らすかのようにトーストをかじる。結局のところ母も俺も彼女のことは覚えていなかった。

この夢は予知夢なのか、それとも記憶を整理したときに奥からこぼれてきたものなのか。分からずじまいではあるが、俺は何か関係しているんじゃないかと感じざるおえなかった。


☆☆☆


「おはよー、、、って青木、そこは俺の席だぞ」


「え~正が遅れてくるのが悪いんだよ。別に席ぐらい座ってもいいじゃん。ねー景ちゃん!」


登校してきて早々、俺の席に座り後ろに座っている親友話し込んでいるコイツは青木紗耶香(さやか)で一年からの友人。茶色のセミロングヘアを揺らしながら明るい性格で男女問わず友人が多い。

そして、青木と話し込んでいるのは俺の唯一の親友である風間景吾だ。ツーブロックで整った顔立ちで体格もいい。スペックだけで言えば女子からの人気が高そうに見える彼だが、如何せん口数が少なく若干威圧的に見えるその姿が遠ざけている。

そんな二人の会話に混ざりながら、担任が来るまで談笑する。


「ねぇねぇ!今日、転校生が来るって知っている?」


「ん?そうなの?全く聞いていなかったんだけど・・・」


「・・・昔の人のクローンだとか。有名人が来るんじゃないか」


昨日あんなに考えていた人たちがやってくる。だからかなのか、クラスがざわめき経っている理由は。


「ということはうちのクラスに転校してくるってこと?」


「そーゆうこと。正ってこのクラスの盛り上がり具合を見て気付かなかったの~?」


「悪かったな、、、視野が狭いんだよ」


そうして話しているとクラス担任である野島勇人が入ってきた。今年で30歳であるが、見た目は5歳増しのような風貌で眼鏡と天パが疲労感を増している。きっと今日も飲みすぎたのだろう、生徒がいる前でも平気であくびをして号令を促す。


「えー、おはよーございます。知っている人もいると思うが今日から新しいクラスメイトが増える、転校生って奴だな。彼女・・・女の子だ。しかも昔の有名人、いわゆる偉人さんのクローンって奴だな。みんな仲良くしてあげてくれ」


「よーし、転校生入ってきてくれー」


そういって入ってきたのは妹よりも低い背丈、高めの位置で纏められているポニーテールを揺らしている背筋のいい小柄な美少女。


「沖田咲夜です・・・新選組の沖田総司の生まれ変わりってやつです」


「よろしくお願いします」


綺麗な声で挨拶した彼女はあの日、コンビニで見かけた彼女であった。

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