第20話

「あ、わたしも入ります」

「一緒に入る?」

「もちろんです。——え? ふつう入りません?」

 確かにそうである。普通のお店なら衛生上シャワーで流すのも仕事の一つといえる。けれどもこのサイトで会う女性は、まるで汗をかいたまま身体を合わせようとする。いや、むしろ抱き合うというより生殖器の接触だけで、人肌を感じられるようなものはなく非常にたんぱくである。

「最近会う人はほとんどシャワーも浴びずにしようとするけど?」

「そうなの? それって汚くないですか?」

 小野もゆうあのいう通りだと思った。しかしそれにしてもホテルの浴室に立つ彼女はどことなく婆臭く見えた。それは顔や年齢とか、話し方や性格ではなく、首から下の背中のところを少し猫背気味に曲げてシャンプーやら石鹸を見て確認している姿に若さを感じられなかっただけである。

 けれども、小野はそういうところに彼女の良さをまた感じていた。それは若若しさを主張しているのは服装だけのような気がしたからであり、むしろ今までの会話からして彼女は若さなど主張したいわけでもないだろうと思ったからである。

 シャワーを終えると小野はゆうあとともにベッドへ入り込んだ。

「腕貸してもらってもいい?」

 ゆうあのその言葉に小野がうなずくと、ゆうあは喜んで腕の中に入り込んできた。

「わたしはこういう方が好き」……



 小野とゆうあはホテルを出た時に後ろから突然声をかけられた。

「ちょっとすみません」

 小野は突然声をかけられたので少し驚いていたが、紺のジャケットと水色のシャツを見て警官であることに気が付いた。初な若いチンピラならビビるか突っかかるか、無駄なことをするだろうが、別段小野には悪びれるところもなかった。同じ歳の彼女に関して親密な深い関係があったとしてもそこに何の問題もない。身分証を見せると、男と女性の二人の警官はありがとうございましたと言って去っていった。そして小野は彼女ともその場で別れた。



 ベージュの紙の箱が規則正しく等しい間隔を空けてたくさん並んでくる。

 ブブッと彼の携帯が鳴る。小野のメールにはいくつかの受信メールがある。

「わたしゆみと言います。このサイトでは、恋人とか面倒な関係ではなくて気軽に会えて、大人な関係を……——」

「こんばんは、あゆみです。2とホテル代込みでどうですか?……」

「ゆなです。会う場所なんですけど、M駅かG駅でお願いします……」

 とりとめのない勧誘の知らせが小野に寄せてくるが、彼は携帯の画面を見たままおそらくまた何かを失くしたような感覚を覚えているに違いなかった。そうだ、そこには何もない。実体のない何かしかない。それは人のはずなのに、人のようではない。言葉だけが独り歩きして、わたしに投げかけてくる。

「あいりです。早く会えるのを楽しみにしています。会ったら後ろから抱きしめてほしいです——」

 しかし彼は無表情のまま、また仕事に戻っていくほかなかった。

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無人の一言 三毛猫 @toshim430

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