ゾンビ師範殺し

大入道雲

最終話 衝動的人身事故

 ゾンビを殺すのは簡単だ。奴らは緩慢だし脆い。だが奴は違った。

 住宅街に現れた真剣を携えたゾンビ。俺たち5人は真剣なんていう心を躍るアイテムに惹かれて、対象を囲んで袋叩きにする『フォーメーションA』によってレアゾンビを破壊しようとした。

 いつも、先手は佐藤だった。そういう一番手が好きな人種で、俺達のリーダーに喜んで立候補した。

 大きめの石を持って走り寄る。

 おおきく振りかぶって半ば投げるみたいにゾンビに振り下ろした。


 ふとゾンビの手がブレた。と、同時に濡れタオルを振り回した時みたいな異音が聞こえて佐藤の首が宙を舞った。

 切断面から血が噴き出してまるでロケット花火みたいに前進する間抜けな顔は現実感が薄かった。


 スローモーションみたいな感覚で地面に着地して、コロコロと転がっていく生首を俺たち四人は間抜けに見送った。

 流れる血は転がったところを真っ赤に染めていった。アスファルトをぶらぶらと転がって止まる。こちらに背を向けて停止した生首を眺める。

 きっと他の四人も同じだった。チン。と音が聞こえた。

 意識が現実に戻る。視線を元凶に向けると俺たちが発見した時と同じ体制で停止している。今の光景がまるで夢みたいに感じる。


 生首に視線を戻す。

 垂れ流した血が髪に染み込んでいった。

 視線を元凶に向ける。

 奴は未だに停止している。

「ぁぁぁぁあぁあああ」

 と言ったのが誰かは覚えていない。もしかしたら俺だったかもしれない。


 とにかく気づけば、俺たちは拠点である北九州第一中学校の体育館に戻っていた。

 雑談スペースとして作られた円状に配置された学校椅子にひとつを開けて四人が座っている。


 隣には飯島。真っ青な顔をしてアイスを食べている。暑さで溶けて床に溢れる。

 後ろで結んだ髪が扇風機で揺れている。

「嘘、佐藤が死んじゃった。生首が・・・。絶対夢に出てくる」


 その隣には角田。メガネを執拗に拭いている。汗でびっしょりと顔を濡らしているが、それを気にする余裕もなさそうだった。

 念仏みたいにヤバいと繰り返しているのがうっすらと聞こえる。


 そして空席。本来佐藤の座るはずだった椅子には申し訳程度のタンポポが二つ置かれている。

 広岡の仕業だった。隣で口を開く。ショートに切り揃えられた髪を指で弄っている。

「佐藤君は首切られちゃったからゾンビにならないんだよねぇ。ゾンビになってた方が嬉しくない?」

 俺に同意を求める視線を向けてくる。だが、コイツの感性に共感することは少ない。


「黙ってろサイコパス。ゾンビになってたら可哀想だろ?あれが最も幸福な結末だよ」

 そう言いながらも、佐藤の席へ目をやってしまう。タンポポが風邪で飛んでいった。

 佐藤はこの中で一番頭が良かったし陽気だった。奴が死んだのは大きな痛手だ。

 

「つーか、適当なお供物が一番失礼だ、広岡。あのタンポポ、トイレの脇に咲いてた奴だろ」

「咲く場所は関係ないでしょ。むしろ汚いところで育った花の方が美しいかも。アスファルトに咲く花の喩えもあるじゃない?」


 飯島がアイスの棒を平岡に投げつけた。が風に当たって俺達の中心に落ちる。

 あたりとは書いていない。


「もっと悲しめ。佐藤は良いやつだったろ」

「悲しんでるよ。あのタンポポ結構気に入ってたんだぞ」

 そう言って、体育館特有の木の床に転がったタンポポを指差す。


 すると角田が汗を拭って立ち上がり花を手に取った。

「これは、ブタナと言ってタンポポに似た別の花だね」

 そう言ってまた床に戻す。いや、落とした。

「ちょっと!お供物を乱暴に扱うな!」

「いや元々床に落ちてただろ!?」

 角田はそう言いながらも律儀に拾った。そのまま広岡に手渡す。


「ほら、じゃあ自分で管理して」

「えー・・・」

 広岡は受け取って、しばらく手で弄ぶ。組んだ足を悩ましく揺らすとそのまま投げ捨てた。

「ま、いっか。偽物みたいだし」


「つーか、だ。あのゾンビはどうする?」

 仕切り直すみたいに口を開く。

 今までは佐藤の役目だったが居なくなっちまった。適正を考えて俺がやる他ない。

 他にも飯島なんかは良い線いっているが、奴はみんなの前で喋るのが苦手だった。

「もう放っておけばいい」

 角田がメガネを弄りながら言う。

「でも、あんなゾンビが彷徨いてるって怖いよねー」

「じゃあなに?まさか倒す気?」

「あれ?飯島さんは敵討ちとか言うかと思ったんだけどなー」


「・・・あのゾンビは異常だった」

 飯島が悔しさを抑えて言う。確かにコイツは仲間思いだが、だからこそ敵討ちが一人のためにみんなを危険に晒す行為だと気づいているらしい。

「まぁ、確かに。ゾンビは鈍いって前提が崩れた。少なくとも奴に限っては走れる可能性だって有る。だとしたら近づくだけで危険だ」

「それに武器を持つってことはそれなりの知能があるかもしれない」

「だったらさー。私たちの拠点が狙われる可能性だって出てくるんじゃないの?そしたらバリケードとか叩き斬られちゃうよ?」


 考えても答えが出ない問題だ。

「・・・そーいや、校長室に薙刀が飾ってあったな」

「え?あれ偽物じゃないの?」

 角田が言った。席を立ってウロウロしていた。

「・・・あれは本物。佐藤が振り回して雑草切ってた」

「この中で経験者は?」

「というかさ、なんでバトル漫画みたいに決着つけようとしてんのさ。タオルで石巻いて投げつけて倒すとか、楽な方法があるじゃん?車で轢くとかさ」

「おまえ、頭良いな。ネジが飛んでるからか?」

「ひどいなぁ。このくらい考えてれば気づくでしょ」

「よし。使える車って何台あった?」

「一台壊れてるから、あと4台」

 

「よし。やりたい奴!」

 真っ先に広岡が手を挙げた。遅れて飯島も手を挙げる。

「ジャーンケーンホイ」

 広岡が突然仕掛けた。同時に手が出る。

 グーとパー。広岡の勝ちだった。


「鍵置き場どこだっけ?」

 錆が浮かんだ取手に手をかけて広岡がこちらを向く。

「一年一組の教卓の中」

「おっけーい」

 ガラガラと戸が開いた。

 あ、そうだ。


「俺助手席乗るわ」

「じゃあ僕も。後ろでいい」

 角田がすかさず追従した。

「じゃあ私も・・・」

 飯島も続く。


「よし、ついて来い」

 広岡はそう言って扉を出ていった。


 屋根がついた中通路を抜けて、廊下を歩く。四人の足音が無音の校舎に響く。

 佐藤が居ないと会話が少なくなった。別に佐藤がみんなの中心というわけではなく、奴がやたらと喋るせいで俺たちが自分から会話を始めるという習慣が無くなっただけだが、それでも一抹の寂しは感じさせられた。


 教室に入り、教卓を漁る。プラスチックのプレートで区切られた一角に鍵が集められた場所がある。

 ジャラジャラと吟味して車の鍵を探す。

「それじゃない?」

 覗き込んでくる広岡が言った。


「アホか。これはどうみても体育倉庫の鍵だろ」

「いや、それって屋上の鍵じゃなかった?」

「違う。それは職員室の金庫の鍵だ」

 角田がそう言って鍵を漁る。

「これが車の鍵。確かプリウスだった筈」

 そう言って、俺たちに鍵を翳す。


「サンキュー」

 広岡が受け取った。角田が教卓を閉まる。俺たちは教室を窓から出た。窓に鍵はかけていない。ここらへんに人は居ないからだ。

 窓から出ると駐車場はすぐそばだった。

 広岡が鍵を掲げてロックを解除するとピピと音が聞こえる。


「みっけ」

 広岡が足早に駆け寄っていく。俺たちも歩きみたいな小走りでついていった。

 慣れた要領でエンジンをかけると、すかさずクーラーをつけた。

 俺も助手席に乗り込み、速攻でクーラーを消す。

「馬鹿か!窓開けりゃ涼しいんだから無駄遣いんな」

「えー?でもゾンビ轢いたら壊れない?」

「壊れねーよ。事故映像とかニュースで見たことあるだろ?」

「うん。それが壊れてるイメージなんだけど」

「いや、あれは激突とかしてるからだと思うけど。人轢いたくらいで走れなくなってら──」


「まぁ、いいや!みんな捕まってろよ!」

 広岡はそう言ってアクセルを踏み込む。車は急加速して少し入り組んだ校内を器用に進んでいく。

「お前、運転上手くね!?」

「暇な時運転してたからね!」

「ていうか、一台壊したの広岡!!」

「あれ以来運転させてないよね!?」

「してない!けど、自転車みたいに覚えてるわ!」

「それ、事故んじゃねーのか!?」

「安心して!あれは野良猫避けてぶつけただけだから!」


 車が急加速していく。景色が流線のように流れていって真剣をもったゾンビが突っ立っていた住宅街に突入する。

 少し歩いたみたいだが、遠くに例のゾンビが見える。

 車はさらに加速した。停止まで考えても、この長い住宅街の通りで轢き殺すのは可能に見える。

 広岡はアクセルから足を離さない。

 ゾンビがどんどんと近づいてくる。


「猫だ!!」

 角田が叫んだ。

 視線を巡らせる。すると、すぐに猫は見つかった。まるでゾンビを庇うような猫が寝転がっている。このままだと停止しようが引いてしまうだろう。クラッシュさせるか轢き殺すか。


 横目で見た平岡の顔に動揺は見られない。

口を挟む暇もなく間の距離がゼロに近づいていく。


 大きな衝撃音。と、同時にブレーキの耳障りな甲高い音。

「ぁぁぁぉああああ」

 角田が叫んだ。

 フロントガラスにはスイカの身を叩きつけたみたいな真っ赤な水滴で染まっている。

 車が減速していく。

 ゾンビの生首が急停止していく車の目の前に落ちてきた。タイヤが踏み潰したせいで車体が揺れる。


「猫ちゃんは!?」

 角田が叫んだ。

 飯島はハイになってるみたいで間抜けな笑顔を浮かべながら虚空を見つめている。

 俺は衝撃のせいでダッシュボードにぶつけた膝をさすっていた。


 広岡は一言も発さずに車外へ出ると、人差し指を立てて後方を指差した。

「見るが良い!!」


 俺たちは、素直に車外へ出て指差した方を見る。

 猫が寝転がったまま原型を保っている。

「車の下を潜らせたのだ!」

「へぇ。すごいじゃん」


 正直言って、俺は運転をあまりしないのでよくわからんが。

 だが、それよりもっと素朴な疑問があった。

「でも、車が真上を通り抜けたら驚いて逃げねーか?」


「あ」

 広岡があの形に口を開いたまま俺に顔を向けた。

 俺たちは猫に近づいていく。


 そこには、カラスかなんかにつまみ食いされたせいで内側を露出させた猫が寝転がっていた。


「ま、結果オーライ?」

 広岡が頭に手を当てて、ベロを出しながら言った。

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