情熱

ロミオ

第1話

 一点ビハインドの状態で試合時間は残り一分だった、俺の前にチャンスが訪れたのは。後輩の陽人から来たクロスを押し込むだけだった。しかし、俺のシュートはゴールポストをかすめて枠外へ。その瞬間、試合終了を告げる笛が会場全体に行き渡った。俺のチームは、県予選一回戦敗退。あっけなく大会から姿を消した。


 しかし、俺にとって、この結果は悔いるものでも驚くものでもなかった。実に淡白だった。俺の学校はいわゆる弱小高校であり、人数も一・二年生だけの十二人。そして、大会のほとんどが一回戦敗退。本音を言うと、負けることに慣れている。俺にとってのサッカーは、勝敗ではなく同級生との親交を深める一つの手段でしかなかった。だから、試合に負けても俺の目は乾き切っている。いや、俺だけではない。試合後、陽人以外の目は乾いていた。勝敗はどうでもよく、また、それが正義であるかのように俺たちは清々しく笑っていた。しかし、陽人だけは違っていた。勝ちに飢えている猛獣のようだった、目つきが鋭く一人だけ泣きじゃくっていた。たかが県予選一回戦。どうしてそんなに本気で勝敗を意識できるのだろうか、試合に勝つことで何が生まれるのか。俺たちはプロになれるような器ではない。どんなに努力したって報われない。俺は、泣きじゃくる陽人の様子を馬鹿馬鹿しいと思いながら見ていた。


 翌朝、俺は七時に、学校に着かなければならなかった。人生初の補習だ。眠いだの面倒だのブルーな気持ちで朝を迎え、自転車で坂道を駆けている。そのときには、昨日の試合のことなどは眼中になかった。

 学校に到着すると、ボールを蹴る音が運動場から駐輪場へと聞こえてきた。運動場の前を通りかかると、ボールを蹴っていたのは陽人だった。陽人は、何本も何本もクロスの練習をしているようだ。誰もいない運動場に、まばらにサッカーボールが転がっている。

 俺が驚いたのは、陽人が一人で自主的に朝練をしていたことだけではない。そのときの陽人の目、顔は潤っていた。汗だろうか、涙だろうか、遠目ではわからなかったが運動場に熱気が漂っていたのは事実だ。熱気に誘われるように、俺の足は自ずと陽人のもとへ向かっていた。俺には補習があるし、朝からサッカーをしたいとは思わないが、陽人の情熱から目を背けることは不可能だった。


 陽人のところへ向かうと、陽人が先に挨拶してくれた。挨拶とはいえ、陽人と話したのは久しい感じがした。実際、俺たちは横の繋がりはあれど、縦の繋がりはほとんどない。後輩とサッカーの戦術や技術の話をすることはなく、稀に日程を確認し合うぐらいの関係性だ。

 挨拶してから二分程度沈黙の間があったが、俺は話を切り出した。どうしてこんな部活に対して本気でサッカーをしているのか、それは俺にとって強い疑問であった。しかし、陽人はその質問にすぐに答えた。

「僕は、単純に試合に勝ちたいんです。勝ったときの景色を見たい、ただそれだけです。そして、自分がそのための一つの架け橋になるために、毎朝こうやって自分なりにやってます。」


 昨日の陽人からのクロスは、陽人の強い情熱の込もったクロスであったことを改めて実感した。なのに俺は…。その瞬間、試合に負けたことへの悔しさ、ゴールを外した自分の惨めさに初めて気づいた。たかが県予選一回戦。勝ったところで何かを成し遂げられるわけではない。でも、陽人にとって、この一試合の重みはきっと大きかっただろう。そうでなければ、試合後の猛獣のような目は絶対にできない。そして今も、真剣な目で俺と話し、真剣な表情でボールを蹴っていた。


 そんなこんなで話していると、時間はあっという間に過ぎた。そのときの俺は補習のことは頭の片隅にもなかった。頭の中にあったのは、サッカーのことだけだった。そして、初めて勝ちへの欲求が生まれたように感じた。


 放課後、俺は結局、補習を受けることになった。また、朝、教室に入ると担任の教師にずいぶんと叱られた。でも、今の俺にはそんなことどうでもよかった。

 補習の間、ずっと俺はうわの空だ。サイン、コサイン、タンジェントが呪文のように脳内を巡る。俺の脳内に唯一鮮明にあるのは、明日の朝、何時に学校に行くかだった。そして、陽人のクロスにもう一度合わせたいという一心で高揚している。


 翌朝、俺は昨日よりも三十分早く家を出て、自転車で坂道を駆けている。そのとき、俺にはブルーな気持ちは一切なかった。

 そして到着すると、陽人と同じタイミングでの登校だった。運動場には、俺と陽人以外誰もいない。朝の美しさが僕ら二人の生き方を讃えているようで、清々しい思いがした。

 十分程度の準備運動を終えると、俺は陽人にクロスをあげてほしいと頼んだ。陽人は心よく受け入れてくれた。

 陽人が位置につくと、俺も位置についた。そして、陽人が俺の足元を目掛けてクロスをあげてくれた。俺は、あの日の俺が頭を過ぎったが、力いっぱい足を振りぬいた。勢いをもったボールは、ゴールネットに突き刺さった。


 そのとき、太陽が地平線から顔を出し、日光が俺を照らした。俺の汗が煌めいているようだった。俺は、人生で一番美しい俺だと思った。

 

 



 

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情熱 ロミオ @2022romio

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