カウント048:キメリ
騒音が、天幕の中を駆け巡る。風を受け、各所に設置している軍旗が靡いている。
「司令官! 相手側の通達士が開始の合図をしてきました!」
司令官と呼ばれた私は、すぐに陣営を整える命令を下す。その命令は拡散魔法により一瞬にして各隊員に通達され、迎え撃つ用意ができた。
手元の宙に浮かぶ半透明のパネルを操作して、各部隊の攻撃順を決めていく。
「ええっと……ガーヌ隊は右翼だから曲射系魔法で、ミラオ隊は防衛魔法……シライ隊、ってどこだ……」
ゲームプレイして日は浅いくせに目覚ましい進軍をしているため、熟練者たちが集まるランク帯にいつの間にか移動していた。
そのレベルでは悩んでいる暇がない。今も向こうから光魔法の灯りが見えてきている。
「あれは、光学系魔法……やっばい奇襲来るよおおお!!!」
ここは、戦術と魔法が織りなす軍隊シュミレーションの世界。
ゲーム名を「ようこそ破滅の魔法軍へ」と言う、多分何処かからか怒られそうなゲームである。
「無詠唱! 『
「無詠唱! 『
無詠唱で飛んでくる魔法を、急いで組み上げる防御魔法で防ぐ。
「大地の蠢きよ、我ら人類に力を分け与え給え。『
第1魔法と呼ばれる、「火水風土」の属性魔法を使い、この戦いは幕を開ける。
「ええと……ヒーラーが足りないから医療班を2手に分けて左右に配置……ええ!? 右翼に甚大なダメージ!? ええと……中央は押せてるから右翼側によって再配置……」
プレイヤーは1万ほどのNPCを使い、相手の軍隊の後ろに建てられている塔に攻撃することが勝利条件だ。
NPCなどの強さ、扱える魔法のランクなどは経験値で高くなり、また相手とのランク差で基礎攻撃力が変動する。
無論魔法ランクが上の方が、挙動や特殊攻撃があるので強い。私の場合は経験値が少ないため、同ランクのプレイヤーより使用可能な魔法ランクが1、2個下なのだ。
だが、それらを覆すほどの重要な要素がある。それが……
「と、とりあえず発動します! 『
誰に向けて言ったのかわからない、オリジナルスキルを発動する。
効果は単純、「自身の軍団だ負けるまで、攻撃力がそれまでの戦いで与えたダメージ10%分加算される」というもの。
負けなければ、無限の強さを手に入れられるユニークスキル。誰にも公開していないが、おそらく最近の対戦相手はおおよそのスキル内容を把握しているだろう。
このゲームには、プレイヤー数と同じ数のユニークスキルが存在しており、一般的には「火属性ダメージ80%増加」や「NPCは致命傷を一回耐える」などのよくある効果だ。
たまに「お金がもらえない代わりに武器ドロップが増える」などのデバフなのかバフなのかわからない効果もあるらしい。
私の場合は一度でも敗北したら、ある程度育ったあとだとゲームオーバーを指す。最初の頃、数戦は負けたりしていたが、その時は特段不利なことはなかった。
だが、今このバフ以外に強いとされる特徴がない私の軍においては生命線である。
「うーん、やっぱりデカいなあ……」
戦場中央に聳え立った剣が光を放つと私の軍のNPCたちにバフが掛かり始める。
魔法より物理攻撃で押していく様を見ながら、何とかこの戦いも潜り抜ける方法を模索する。
***
「それで、彼女のユニークスキルは判明したか?」
観客席にいるプレイヤーからそんな言葉をかけられ、彼女の対戦相手は首を横に振る。
「全くわかりませんね。攻撃一律上昇バフなのかもしれませんが、それは他のプレイヤーのユニークスキルだ。重なるわけがないとこの間公式が回答していたのだから、おそらく別の何かだろう」
彼らは検証班、有志で立ち上げているWiki管理者たちだ。
最近、とある下層プレイヤーの快進撃がすごいと話題になっていて、今回はそれを検証するために戦いを挑んだのだ。
「そもそもフィールドに刺さる剣なんて、聞いたことがないぞ……」
「フィールドに雨が降るのは見たことありますね。あの場合は火属性ダメージが半減されました。まあ、両者共になのであまり強いユニークスキルではなかったのですが」
両刃剣が、ステージ全体に立っている。
「……これ、君が負けるんじゃね?」
「ええ、負けますよ?」
***
「右翼立ち直った? 大丈夫ね? そしたらあとは突撃だ!」
コマンドを「いのちだいじに」から「全軍突撃」に変更する。
温存気味だったMPも全開に、総攻撃を仕掛ける。
どわーっと人の波が動いていくのを見ながら、相手のプレイヤーのいる方角を眺める。
依然として目立った動きをしない、そのプレイヤーは、いくら新規プレイヤーであっても不自然に見えた。
「受け技……? か、近距離攻撃技か」
構えながらその時を待つ。
戦いを左右する、
***
「んで、その技使うの?」
観客から声が届く。
「なに? 使っちゃ悪い?」
「いや……なんというか、悪趣味だなって」
「……馬鹿野郎、これは教育だよ」
彼はユニークスキルを発動させる。
「
***
「なん、ですか……あれ」
遥か彼方、雲を割きながら、赤い雨が降り注いでいた。
自軍のNPCが、崩壊していく。
物理的に、穴を穿たれ消えていく。
ふとチャットを見ると、相手のプレイヤーからのメッセージが届いていた。
『単純な攻撃だけでは勝てないよ?』
「……わかって、ますよ!!! 体制を整えるぞ!」
命のないNPCに向かって、声を張り上げる。
数十回のタップを繰り返し、精密に作られた軍隊への指令を再度出す。
おそらく相手は近距離の敵を高火力で叩き潰す技なのだろう。
「プレイヤー自身が攻撃手段を持つことも、あるんですね……!!」
想定外とは言え、それは察しなければならないものだ。
故に、この戦いは本当の闘いへと、近づいている。
「本当の戦争は、相手のことなんてわかりませんからね!!」
今までの攻略法だった全点同時攻撃から、一点突破型に切り替え、速攻攻撃を出す。
パッシブスキルはクールタイムが発生し、今攻めれば相手プレイヤーのユニークスキルは発動されないだろう。
だから、速攻で決着を付ける。
「いけえええええ!」
***
「あー、来ちゃったわ」
「そりゃそうだ。本来のユニークスキル、かつパッシブ系は1回使い切りなのだから」
可哀想に……と無表情のまま、対戦相手の管理者は2回目のユニークスキルを発動させる。
「——
***
自身も進軍しながらの強行突破を図っているため、かなり近くで戦闘音が聞こえる。
近距離戦闘の場合、魔法はよほど無詠唱で強くない限りは使えなくなり、剣と剣の争いとなる。
幸い、血はポリゴンとしてエフェクト処理されるため、悲惨な現場を目撃することにはならない。
そんなことより——
「……相手のNPCの色が違う……?」
デフォルトの色ではなく、赤く染まった髪と目。
刹那、背筋が凍る。頭だけが理解する。
「まだ来るかもs——」
そして、幻想が広がる。
轟音——ッ!!
***
「……あーあ、本人もこっちに攻めてきてたんだ。死んだかな」
「死んだらログが流れるでしょ。まあ、四肢欠損くらいはしてると思うけど」
1段階目、相手のHPを吸い特殊ゲージに溜める。そして2段階目、そのエネルギーを放出し、爆発させる。
仕組みさえわかっていれば、とても単純なその技は、初見殺しとして多数のプレイヤーを葬ってきたのだ。
「んで、彼女の能力は?」
「死なない限り、強くなる……かな。彼女のレベルと攻撃力の差がありすぎる。そうでなければおかしいくらいに」
「なるほど?」
トッププレイヤーである彼らよりも強い全軍。
その攻撃が、恐怖を抱くほどに強いのは果たして、能力なのか。それとも……
「……ん?」
対戦相手が目を凝らす。
土煙が上がる、その戦場から——
「……ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「うおっ!?」
閃撃が、飛んできた。
「あんた強すぎ! なんて名前よ!」
「いやそのセリフはこっちのセリフなんだけど……。僕はレイヤ、有志Wikiの検証班だよ。君も見たことがあると思うけどね?」
「……いや、私はネットで検索したことがないから。全部本番だよ」
「……それマジで?」
その問いには答えず、彼女は剣を腰の高さに構える。
「さあ……剣を取れ。一騎打ちをしよう」
「……はは。まさか軍隊ゲームで大将が一騎打ちするとは……」
NPCも特別状態「一騎打ち」であることを察したのか、手を出してこない。
「いいとも、やろうではないか」
「……では——ッッッ!!!!」
本来NPCが行うような、超人的な攻撃を行なってくる。
「君は一体……」
自分の反応が明らかに、遅れているのがわかる。
このままでは負ける、そう本能がサイレンを鳴らしている。
「私はこのゲームが初めてだから! 有名なプレイヤーじゃないですッッ!!!」
滑らかな動きと共に、鋭い剣舞が自分を襲う。
「無名プレイヤー……つまり……」
レイヤはこの時察した。
いくら努力した超人であっても、才能を持ったプレイヤーには足元にも届かないことを。
彼女はおそらく本物である。答えはそう出ていた。
「グッ……」
頬に剣が当たり、ダメージが入る。
プレイヤーの体力は100で固定され、PvPの場合は10回ほど攻撃を受けると、敗北となる。
「くそ……!!」
「せ、ぇぇぇぁあああああああああああ!!!!!!」
今度は足に攻撃を受ける。じんじんと痺れるような感覚が襲う。
いくらダメージの痛みが緩和されているからとは言え、普段とは異なる感触を受けた身体は、より一層動けなくなる。
「私は! 一度たりとも負けられないんだあああ!」
「ゴハッ……や、やっぱりそうか……」
腹に一撃。吹き飛ばされながらも、その能力に確証を得る。
常に勝者でなければいけないユニークスキル。
その破格の能力の引き換えは、能力維持のための精神と、敗北を恐れる心。
しかし彼女には、敗北を考えないという答えが溢れ出ているように見える。
「なる、ほどね……」
もしかしたら、このゲームの作成者は。
「覚えておけ! 私の名前は——」
プレイヤーの心を見ているのかもしれない。
「キメリだ!!!!!」
***
システム:プレイヤー「レイヤ」のPvP敗北を確認。
システム:プレイヤー「キメリ」の勝利です。ポイントが加算されます。
システム:プレイヤー「レイヤ」から、50ptが移動されました。
システム:プレイヤー「キメリ」が最大連勝数を更新しました。現在100連勝です。
システム:戦闘終了です。お疲れ様でした——
***
才能を持った人間は、その才能を生かせず生涯を終えることもある。
逆に、意外なタイミングで才能を発揮することもある。
彼女は後者であり——
その名を
《hr》
確認……アバターネーム「キメリ」のコア作成許可を申請……
……告。許可を確認。
システムデータ内に保存……成功。
プロジェクトに追加します。
thε seβen woαld ArgoNova @argo_nova
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