最終話 託されたらしい
(これで託された?全く実感がわかないな)
神殿から戻る舟で僕は掌を見つめた。変わらない、いつもの僕の掌だ。
(こ、これでは対決即死…)
不安そうな僕に新美は「大丈夫、メメ」とヤギ笑いをした。彼は本気で大丈夫だと思っているが、全く根拠がない。
(いやいや、まてまて。とにかく武装だ…火に弱いみたいだし)
僕は牧場にある物でどう戦おうか考えていた。足りない物を新美に買ってきてもらい悪魔を迎撃するのだ。
(…まずはロケット花火。あと、コーラにメントス…化学反応で6mくらい噴出するから使えるかも)
そこまで考えてはっとした。
(なぜ悪魔は人間や山羊人間を食べるのにヤギは食べない?)
「新美さん、昨夜の悪魔はなぜヤギの僕を一切無視したんでしょうか?角に串刺しにしたヤギをゴミのように振り払ってましたが、ヤギのほうが弱くて食べやすいじゃないですか?」
人間よりヤギのほうが美味しそうだし、とは言わなかった。
「あれ、知らなかった?悪魔は草食動物が苦手だ。だからヤギは安全なんだよ。アイギパーン様もヤギだから悪魔が近寄れなかった」
「そう、なんですね…」
僕は熟考してある仮定に達した。
(悪魔にとって植物、つまりは葉緑素が毒なのかもしれない。植物に含まれる葉緑素が体内で変化して草食動物の独特の臭いの元になるし…)
牧場に来た夜、ヤギの体臭について調べた。草食動物の排泄物は臭くないのに体臭はかなりキツいし、反対に肉食動物の排泄物は臭いのに体臭はあまりないのが不思議だったからだ。
(いざとなったらヤギ小屋に避難だな)
「ラーメン入りチゲ鍋にしよっと」
買い出しの新美と別れ、ログハウスに戻った僕はのんきに一人鍋の用意をしていた。
「ふんふふーん、めんめめーん」
悪魔に命を狙われているが、死んだ『ぬ』に比べたら生きているだけで幸せだ。歌えるしご飯も食べられる。
鍋に市販のスープと豚バラ肉を適当に切って入れ、人参と豆腐、キャベツを突っ込む。蓋をして沸騰したらニラを入れて出来上がりだ。
「ぶふぉ、人参
半分まで食べてから、ちぢれ麵ともやしを追加投入してまた煮込む。麺のゆで具合を見てまた食べた。もやしも美味しくて仕方ない。
お腹いっぱいになったが肉が土鍋に残った。
「…もったいないけど食べる気がしない、な」
『ぬ』の腹にぽっかり空いた穴を思い出した。
(『ぬ』は死んだらどこに行くのだろう?人間と同じ場所だろうか。死後の世界はないと思ってたけど、あるって信じたくなってきた…あの世で『ぬ』に会って『ありがとう』って言いたいからな)
水のペットボトルを開けて2口ばかり飲みぼんやり考えていたら、急に昼なのに窓の外が真っ暗になった。嫌な予感しかしない。
(ま、まさか…もう来た?ウソでしょ?)
僕はとっさに台所にいきフライパンを両手で握りしめた。ここには野球バットやゴルフクラブなどない。
(新美に頼んだ花火で簡易銃と簡易爆弾を作ろうと思ってたのに…そうだ、食用油…)
僕はペットボトルの残りを一気飲みし、容器にサラダ油を入れて蓋をした。玄関の棚のライターに取りに行こうとしたら、昨夜の二回りは大きい真っ黒の悪魔が玄関周辺を豪快にぶっ壊して入って来た。破片が室内に散らばり、ぬるい嫌な風が部屋に吹き込んだ。
山羊の頭をもった悪魔は身長は3メートル弱はある。バンガローの高い天井にぶっとい角がぶち当たりそうだ。
(でかい上に天候まで支配できるなんて、前回の悪魔とはレベルが違う…これがバフォメット!)
「お前がワシの手下を滅したのか!」
「ええと、そう、でないというか…」
びびって断定できずもじもじ答えると、悪魔からぬるい風が強く吹いてきて僕を心身ともに圧迫した。
「神の裁きを受けよ!」
バフォメットは素早かった。悪魔は僕に飛びついてがま口のように口をぱっくりあけ僕を食べようとした。口内が宇宙のように真っ暗なのを見た僕はびびり過ぎて逃げられず、一歩後ずさるしか出来なかった。
「ぐおーっ!」
僕は食べられていなかった。振り上げたフライパンが効いたのかと思ったけど違う。悪魔が絶叫したのは、僕が扇風機のボタンを足で踏みつけたからだった。
「ぐはあっ…!ヤギの匂いっ!それも最もワシの嫌いなアイギパーンのっ!!まさかお前パーンを喰ったのか?人間のくせに神をっ…!」
扇風機のせいで僕から出るアイギパーンの臭いを浴びた悪魔は一目散に外に出て行った。
(僕ってば今ヤギ臭いってこと…?ショックだけどチャンスだコレ!)
らしくなく武闘派になった僕は玄関のライターとペットボトルを持ってバフォメットを追いかけた。
「待てっ!悪魔のくせに逃げるのか?バカバカバーカ!」
昨夜悪魔に吐いたセリフが効いたので試したら、やはり効果があった。バフォメットは立ち止まり、こちらを振り向いた。
「ぬうっ!アイギパーンならともかく人間などから神が逃げるものか!」
「ウソつき、さっき逃げたじゃないかっ!」
「黙れっ!」
僕らが騒いでいたら、丘のあちらこちらからヤギが集まってきた。
「メー」「メ゛エ゛ェェ…」と可愛らしい声を出すのは普通のヤギだ。
「ヴェェェ」も他のヤギとコミュニケートしている普通のヤギだ。
そして「メ!」「メ!メ!メ!メ!メ!メッ…!」と酷く鳴いているのは怒った山羊人間達だった。仲間を殺した悪魔に腹を立てている。
その中の一頭のヤギが、餌やりフォークの
鋭いフォークの先には干し草が刺さっている。。
「仇を?」
ダースが「メ!」と答えた。僕はそのフォークを受け取り、ライターで干し草に火をつけた。
「めーっ!!!」
僕はヤギに囲まれ弱っているバフォメットに突進し、フォークを奴の顎から脳天に向けて思い切り刺した。
顎に刺さったフォークを抜こうと悶えている悪魔にポケットから取り出したペットボトルを投げつけた。容器は熱で溶けて油が顔に飛び散り、バフォメットの頭部は炎にまかれた。
ゴオオッと地鳴りのような音とともに火柱が立った。
「うおーっ!ちっぽけな人間に…神のワシが負けるなど…許せぬ、小僧!ワシはまた人間の心が邪悪に染まると復活する。その時はお前らをすべて喰らい尽くす!覚えておけ!」
灰がうずまき天に向かって大量に舞う。
「バーカ、そん時はアイギパーンも復活するさ。山羊人間の正しい心がある限り、何度復活してもその度に滅ぼしてやる」
いつの間にか自分が山羊人間だと肯定して、アイデンティティまで生まれていた。
「おおっ…空が晴れていく」
真っ暗だった空はゆるゆると明るさを取り戻し、五島列島らしい突き抜けるような青さになった。
夏休みバイトは終わり、大学に戻ると芽衣子はいなくなっていた。牧場の新美の携帯電話も繋がらない。
(元のヤギに戻ったんだ…しかし)
「死ぬ思いまでしたのに、新美さんのウソつき!くそヤギー!山羊人間女子にモテモテだって言ったくせにっ!!もう二度と五島列島なんて行かねーからな!」
携帯電話に向かって悪態をつきながらも、僕はすぐに五島列島のあごうどんが食べたくなるのだろう。
なんせ山羊人間は広く優しく明るい心を持っているのだから。
goat Devil 海野ぴゅう @monmorancy
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