第3話

 公園を脇に見る道路で、白人と黒人の男が二人、辺りを見回していた。

「Nobody around. It’s good to set up.」(誰も見てないな。仕掛けるなら今だ。)

「Year, right.」

 白人の方が周りを見、黒人を背で隠すように立つ。黒人は自分の財布をポケットから取り出し、中に入っていた札だけをポケットに入れ直す。警戒しながら、空になった財布を路上に置き、二人は足早にその場を離れた。


アイは友人と歩いていた。

「今日、私、給料日。ちょっとスカート欲しいんだ。デパート行かない?」

「いいなあ。」

「あれ、アイも本屋さんの給料って今日じゃないの?」

「いやあ、本屋さんって給料安くて、生活費でなくなっちゃいますよ。でも私も見たいからつきあうよ。」

「ありがと。」

 二人はその後、会話を交わしながら歩いていた。ふと、アイの友人は前から歩いてくる金髪の白人に目をとめた。そして、アイに耳打ちする。

「アイ、アイ、見て、あの人、かっこよくない?」

アイもその白人の顔を見ると胸が高鳴った。男は視線に気付かず、歩を進め近づいてくる。

「アレックス・・・。」

「え、アイ、知ってるの?」

「うん、バイト先で助けてもらったの。」

「ええ、紹介してよ。」

「私もそんなに知らないよ。」

 アレックスもアイの視線に気づき、二人は向き合って、ちょうど公園を脇にして立ち止まる。

「あ、ハロー。」

「Oh, hello. You are…. Sorry, what is your name?」

 軽く指を額に当て、アレックスはたずねる。

「マイネームイズアイ。」

「わあ、アイすごい、英語しゃべってる。」

「名前言っただけだって。」

「私、急用思い出しちゃった。行くね。」

「ええ!」

 友人のわざとらしい言葉に対して、喜びよりは困惑を覚える。

「あとで、サーティーワンおごってね。じゃ、頑張れよ。」

 友人はアイの肩をポンと一つ叩き、今来た方向に去っていった。

「サンキューフォーヘルピングミー。」

 本屋での件についての礼を言う。

「No problem. You speak English?」(なんでもないですよ。英語話せるんですか?)

「ア リトル。」(少し)

 はにかんだ笑顔で答える。

「ウェア ドゥ ユー ゴー?」(どこに行くんですか?)

「I go to see the movie.」(映画見に行くんです。)

「あ、メイ アイ ゴー ウィズ ユー?」

 まったく予期しなかった申し出に、アレックスは少し驚く。しかし、一瞬の後、笑顔で答える。

「OK, let’s go. Your English is good.」(行こう。英語上手だね。)

「サ、サンキュー。」

 ふと、歩き始めようとしたアレックスは下に落ちてる財布に気付いた。

「What? It’s a purse. Someone may be in trouble. Ai, can we go to the police box before the movie?」(あれ、財布だ。誰か困ってるよね。映画の前に交番寄ろう。)

「オフコース。」(もちろん)

 アレックスが財布を手に持ち、交番に向かおうとすると、そのタイミングで黒人と白人の二人組が怒気を含んだ声で走り寄ってくる。

「Hey, it’s my purse. Give it back to me.」(おい、それ俺の財布だ。返せよ。)

「Yes, that’s good for you. I found it there.」(それは良かった。そこに落ちてたから。)

 黒人の方が財布をとり、何も言わず中を確認する。そして、即座にアレックスに向き直り言う。

「There is not my money. You stole it.」(金が入ってねえ。盗んだな。)

「Ha, no I just 」(え、いや、僕は)

「You are a thief.」(泥棒だ。)

 二人ににらまれているアレックスはアイに立ち去るよう手を振る

「Is she your girlfriend?」(彼女か?)

「No, I don’t know her. I just asked her if this purse was hers. Go, girl.」(違う。知らない人だ。ただこの財布の持ち主か聞いただけだ。)

 おびえているアイはアレックスに強く肩を押され後ずさりし、物陰に入る。

「シャンポリオン、助けてシャンポリオン!」

 一瞬の意地悪な間の後、明らかにいやそうな顔をしたシャンポリオンが現われた。

「私を呼ぶな!」

「お願い、助けて、あのときのことは謝る。もうウソはつかない。だから、お願い。」


「Let’s go to the police box. I’ll tell the policeman you are a pick-pocket.」(交番行くぞ。警察にピックポケットだって言ってやる。)

 黒人が詰め寄る。

「No, I’m not.」(違う)


「なら、私が何を望んでいるか、分かるだろ。アメリカに連れて行け。木片を見せると約束しろ。」


「If you don’t want to go to police, give me back ten thousand yen.」(警察に行かないなら、1万円返せ。)

 白人が右手の平をふりながら言う。スーツを着た会社員二人が通りかかったが、外人たちを友人同士だと思いかまわなかった。


「約束は・・・・出来ない。だってしたら、またウソになっちゃうもの。うち、お父さんが研究認められなくてお金なかったから、バイトしてても飛行機になんか乗れないし、奨学金もらってるから、学校、ほかの人にように休めないんだもん。だから、約束は出来ない。」

「ならあきらめろ。殺されるわけじゃあるまい。」

「だって、きっと困ってるから交番に届けようって言ってたあの人が泥棒なんて言われてるんだよ。」

「ほう、シーフは泥棒って知ってたのか。ちなみにピックポケットはすりだ。」

「私、アレックスが財布拾ってから開けてもいないの知ってるから。それを言いたいの。」

「なら、自分で助けろ。」


「Come on, we have to talk about this.」(来いよ。ちっと話そうぜ。)

二人はアレックスの両脇からはさんで腕をとり、歩き始めようとする。そこに、

「ウェイト!」(待って)

と、アイがたまらず飛び出してきた。

「What? You.」(何だ?さっきの。)

「ヒー ディドゥント スティール ユア マネー」(彼はお金を盗んでない)

 悲鳴にも似た声を発する。シャンポリオンは腕を組んだままうつむき、アイの発音のひどさに苦笑いを浮かべる。

「So, can you prove it?」

「え?プルーブって何?」

「Show me the evidence.」

「ショウミーは見せろよね。エビデンスって?」

「Go away, it’s not concerned with you.」(かまうな。君は関係ない。)

 アレックスは両脇を挟まれたままアイを逃がそうとする。シャンポリオンはアレックスに目を向ける。

「ヒー ディドゥント スティール ユア マネー」

「見てられん。教えてやる。」

 アイの傍らに立ち、黒人たちを見据えて言う。

「シャンポリオン。ありがとう。」

「礼を言うのはまだ早い。あいつらは気が立ってるから、この前のように区切ってゆっくりは言わないぞ。一言一句間違えずに言えるか?アレックスを助けられるか助けられないかはお前の集中力次第だ。」

「うん・・・・はい。」

「I saw him find it but he didn’t even open it.」(私は彼が財布を拾うところを見たけど、開けてすらいなかった。)

「アイソウヒムファインディッ、バッヒーディドゥンイーブンオープニット」

「Then prove it.」(なら、証明してみろ。)

「I can’t, because there wasn’t money at first.」(できないな。最初っから金なんか入ってなかったからな。)

「アイキャント、ビカッズゼアワズントマニーアトファースト。」

「What? You tell we are lying?」(だと?俺らが嘘ついてるってのか?)

 アレックスから手を離し、アイに詰め寄る。

「How can you take it in the other way?」(そうじゃないように聞こえたか?)

「ハウキャニューテーキッティンジアザーウェイ?」

「Ha, what a thief!」(は、なんて泥棒だ。)

 二人は肩をすくめ目を合わせる。

「This purse is yours, right?」(これは、お前の財布だよな。)

「ディスパースイズヨーズ、ライ?」

「Year.」

 黒人が答える。

「Why did your friend know how much you had?」(なんで友達がいくら入っているか知ってるんだ。)

「Because we are friends.」(友達だからだよ。)

 白人は黒人の肩に手を当てながら言う。

「It’s unnatural that even a friend knows it accurately.」(友達だからって正確に知ってるのは不自然だろ。)

「イッツアンナチュローザッティーブナフレンドノウジッアキュレットリー」

「No, I told him that.」(俺が教えたんだよ。)

 黒人はかばうように言う。

「You are too friendly. In according to, you didn’t say thank you to him at first. You started to check your money.」(仲良過ぎだ。それにな、最初に彼に礼を言わなかったろう。すぐにお金を見始めた。)

「ユーアトゥーフレンドリー。イナコーディングトゥ、ユーディドゥンセイセンキュートゥヒムアットファースト。ユースターティットゥチェッキュアマネー。」

「Because he stole my money.」(そいつが盗んだからだ。)

「Because it was your plan.」(計画だったからだろう。)

「ビカッズイトワジュアプラン。」

「No, no, no, no!」

「So, show me inside your pocket.」(じゃあ、ポケットの中を見せてみろ。)

「ソー、ショーミーインサイジュアパッケッ。」

「Why?」(何で)

 黒人は明らかに焦って言う。

「Your money is in your pocket.」(金はポケットの中だ。)

「ユアマニーイズインユアポケット。」

「Shit.」(くそ)

 黒人はポケットを握りしめ歯ぎしりする。

「Come with us to police box, or I call the police to come? You fraud.」(一緒に交番に来い。電話で呼んでもいいんだぞ。この詐欺師。)

「カムウィズアス、オアイコールザポリストゥカム。ユーフロイド。」

「アイ、携帯出せ。」

「あ、は、はい。」

 携帯電話を取り出すアイを見ると、二人組は一斉に走り出した。アレックスは大きく息を吐き出す。

「Great, thank you. You are a genius.」(ありがとう。すごい、君は天才だ。)

アイは力なく座り込み、泣き始めた。

「イエス、イエス、ジーニアス、ヒーイズ ジーニアス サンキュー。」(うん、彼は天才です。ありがとう。)

「No, you are a genius, and I thank you.」(いや、天才って君のことだよ。ありがとうは僕の言葉だ。)


 アイはアパートの部屋に帰り、シャンポリオンと話している。

「本当にありがとう。」

「あれぐらい、なんでもない。むしろあれはお前の手柄のようなもんだ。」

 アイは嬉しそうな表情をしながらもしかし、首を横に振った。

「よくあの速度に付いてきて一言一句間違わなかったな。」

「必死だったから。」

「あれは必死だからと出来ることではない。お前、英語の素質があるのかもな。」

「本当?嬉しい。」

「何?英語なんてしゃべれなくても関係ないんじゃなかったか?」

「うん、そう言ってた。でも、今日助けてもらって後ついていってるとき英語って楽しいって思ったの。私、英語勉強したい。いっぱい英語を知りたい。」

「なんか、私が初めて外国語を勉強したときを思い出すな。まあ、私が自覚して勉強し始めたのは、10歳になる前だったけどな。今からじゃ遅いんじゃないか。」

「もう、意地悪。私、今からでも一生懸命勉強するもん。」

「まあ、私のように世界各国の言葉をマスターというわけにはいかないだろうが、英語ぐらいだったらなんとかなるだろう。」

「えへへ、あと、シャンポリオン、また、お願いがあるんだけど。」

「何だ?」

「分からなくなったら教えて。」

「ああ、だが、そのときは先生と呼べ。」

「はい、先生。」

「あと、いつかアメリカに連れてってくれ。」

「はい。いつか必ず。」

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アイは天才シャンポリオン @kazuhisayamazaki

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