起きた波は押せばいずれ引き、やがて必ず静まる。

 戦場に溢れる音も(声も)、人も(人々も)、その波も。

 例外はなく、喩えでもなく。

 続けばいずれは引く波になり、やがては静かになる。

 溢れた音は押したのち引かれ、無音に変わっていく。


 斬る声も(斬られる声も)、刺す声も(刺される声も)、撃つ声も(撃たれる声も)。

 押し倒す声も、引き倒す声も。

 鬨の声も、掛かる声も。

 怒声も罵声も、悲嘆の声も怨嗟の声も。

 ひとつひとつ、声はやがて無声に至る。


 しかし、人は?(人々は?)とは君は問わない。

 君はその答えをよく知っているから、問わない。


 。君はそれを知っている。言葉としてではなく、幾度となく目で視て知っている。今日もまた、今もまた、見慣れた風景が広がっている。戦場は無になれず斃れた人々で溢れている。音とともに声とともに波濤を成していた人々で、そのなきがらで、こぼれた臓腑で、流れた血液で、戦場は埋め尽くされている。


 君はその屍山血河の只中を征く。

 君はようやく時が来たとは言わない。

 無言のまま、悠悠と、堂堂と、事も無げに、ただ前へ前へ征く。

 戦場の後ろの、後ろの、後ろにいた君が、今は、前へ前へ征く。

 引く波を、つまり退き返す人々を割って。

 前へ、前へ。


 君は自身の足で征くわけではない。

 君は絢爛豪華な輿の上に居る。

 君が腰掛ける椅子は寝転べるほどひろく、玉座を連想するほどに華美だ。


 それを引くのは二頭の馬である、とひとまずおれは言う。

 君はそれをたださないだろう。

 しかし、それを初めて見る人は、皆、疑問を持つだろう。二頭の馬のそれぞれは、たしかに一つの首を持ち、四つ脚だ。長い頭を持ち、一対の耳をその先に立て、鬣を靡かせていて、たしかに一頭の馬のようだ。しかし、それにしてはあまりに、巨大だ。首も、脚も、その太さも長さも尋常のそれではない。そして胴もまた余りに長い――二頭の間に梁を渡し、そこに輿を載せられるほどに長い。改良(もしや、改造?)された種であるのだろうと、そう思わせることすらもないほどに異形で、いつつの、いやとおの馬をばらばらにほどき、り合わせて再び馬の姿を造り上げたかの如き威容。二頭立ての馬が、それぞれに。


 そして、これは喩えではない。

 君は五の(十の)馬をばらばらに解き(解かせ)、撚り合わせ(撚り合わさせ)、この馬たちを


 その巨大な馬の引く絢爛豪華な輿の上に君は居て。

 だから戦場に溢れる臓腑も血液も、

 そこに降り立たない君をよごすことはなく。

 赫々あかあかと染めることもなく。

 君はもとより黒黒とは飾り立てていて。


 そうして君はいずれ戦場の此方側の、その前へ前へと至ろうとして。

 その後方で、再び波濤なみが起こり始める。

 君が、波濤それを起こしている。

 


 君は言う。それは呪文だ。のろい、まじなうための声だ。

 生者がおもいで立ち上がるように――

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