アフター

「…………」


「…………」


とりあえず、近くのカフェへと入った俺達は注文を済ませ、向かい合って座った。

まだ警戒はされているようだが今のところいいだろう。

あんなナンパみたいな誘い方になったのにもかかわらず、日花里(ひかり)は俺の提案にのってきた。

それには一応、タネが存在する。

多分、あの言葉だけなら日花里(ひかり)は断っていただろう。

だからあの時俺は”あるもの”を見せながら言ったのだ。


”あるもの”とは、待ち受け画像。

あの日の俺と日花里(ひかり)が写っている写真である。

驚いた表情をしながらも頷く姿を見た時、とりあえず第一関門は突破出来たみたいだと安堵した。


「あの、それで……」


チラチラとテーブルの上に置いてある俺のスマホへと視線を送りながら日花里(ひかり)は尋ねてくる。


「ああ、あれはね――――夏の不思議な二人の記念写真だよ」


「なにそれっ」


俺の含みのある言い方に対して疑心感を抱くのではなくて、ぷっと吹き出したように笑う。

本当に彼女らしい。


「実は――――」



そうして、彼女に俺と日花里(ひかり)だけが知っている夏の思い出を語ってみせた。



「――――って事があって」


「…………信じられない」


真剣には聞いてくれてはいたが、にわかには信じがたいといった感じであった。

俺が語ると同時に彼女の方も少しだけ自分の事を教えてくれた。



今年で20歳である事。

交通事故で1年程昏睡状態に陥っていた事。

昏睡から目覚めたのがちょうど、俺が話したペルセウス座流星群と共に消えていった夜であった事。

長い昏睡状態の影響で、ここ数ヶ月でやっとリハビリが終わって、一人で出歩く許可が出た事。



偶然にしては出来過ぎてるタイミングにお互い驚きを超えて、笑うしかないみたくなっていた。

話しながら「こりゃあ、信じてもらうのは無理そうだな」とぼそっと呟いた。

そりゃあ、そうだ。

急に目の前に怪しい男が現れて、「貴方が昏睡している間、魂だけの貴方と夏を過ごしたんですよ」って言う奴が現れても信じられる訳ない。

でも、まんま俺なんだよな……。


あの状態が実際なんだったのかは俺にも誰にもわからない。

幽霊だと思っていた彼女が実は生霊の類だったことが新たに判明したことで、あの時の彼女自身それに気づいていたのかはまた謎である。


「曖昧なところも多いとは思うけど、こういう体験を俺はもう一人の君としたんだよ」


「…………みたいですね」


俺も話してて、想像力が独り歩きしてるだけなんじゃないのかと思ってしまうぐらい現実味の薄い話である。

しかし、所々で出てくる物的証拠に戸惑っている。

たまに写真と撮ってて良かった。

そして、写ってくれてて良かった。


「まあ、信じてもらえないのはしょうがないと思う」


本当にその通りだと思う。


「ただ、今の日花里(ひかり)さんの事が聞けて、逢えて良かった」


一人で納得している俺を横目に、彼女は一生懸命に頭を悩ませていた。


「正直、まだ信じきれてない事も多いです」


俺は予想通りの言葉に思わず「だろうな」と口から言葉が零れそうになる。

でも、次の言葉で何処かに消え去ってしまう。


「でも、嘘を言っているようにも思えません」


「……えっ」


「なので、私は湊(みなと)君の事を信じます」


「…………」


想定外の事に言葉を失う。

信じても受け入れてももらえないと思っていた。

ただ、彼女には事実を知ってもらいたかった。

これは俺のエゴであり、単なる我儘。


「ありがとう」


心の底から素直にこの言葉が出た。


「私も不思議なんです」


戸惑っているというより、心底楽しそうに彼女は話し出す。


「湊(みなと)君の事は知らないはずなのに、何処か懐かしいような、元々知っているような……。

そんな感覚があるんです」


そう言って、記憶にある日花里(ひかり)と同じ笑い方をする彼女。

記憶にないだけで、本能的に覚えているのだろうか。

そう考えついたのはそうあって欲しいという俺の願望も含めてのことだろう。



それからは思い出や過去の話ではなく、現在から将来の話を少しだけした。

楽しそうに話す彼女を見ていると、やっぱり何処か重なって少しだけ胸が痛くなった。

もし、再会出来たらと妄想したことがなかった訳では無いが、妄想と現実の差に戸惑ってしまった。


あと、未来予知については彼女には黙っておいた。

これ以上、混乱させる必要もないと思ったからだ。

そして、彼女と再会して能力についてもある収穫があった。


どうやら俺の未来予知の能力の正体は、俺の大切な人の危機を事前に視ることが出来るというものみたいだ。

そこには大切になる”予定”の人物も含まれるらしい。

実に未来予知らしい粋な計らいである。

この事は自分の中だけにしまっておこう。


楽しいけれど、彼女との時間も終わりを迎えようとしていた。

そう思い、残っているアイスコーヒーを一気に飲み干し立ち上がる。


「じゃあ、また」


そうだけ伝えて俺は店を去る。

舞い上がって肝心なことを忘れていたのに気づく。

今の彼女には今の彼女の生活があり、俺の知っている日花里(ひかり)とは違うのだ。

彼女と一緒に居ることは俺にとっては幸福だったとしても、彼女にとって必ずしもそうとか限らないのだ。

押し付けたりだとかも極力したくない。

俺がどんだけあの日の事を語ったところで、彼女にとっては身に覚えのない記憶なのだから。


引き際としては今がベスト。

日花里(ひかり)が生きている事がわかり、連絡先を交換できただけでも良しとしよう。

機会ならまた作ればいい。


「あちぃ……」


店内の冷気を体が覚えてか、より一層暑さを感じた。

とりあえず、本来の目的地である本屋を目指そう。

後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、歩き出した。

が、前に進まない。

物理的に後ろ手を引かれていたのだ。

手を引いていた人物は言うまでもない。


「どうかしました?」


あの時とは違い、俺よりも大人な彼女。

慣れない敬語を使いながら彼女に尋ねる。

見えない表情窺っていると、顔をばっと上げた。

真剣な表情に少しドキッとしながらも、彼女の言葉を待った。


「また、会えますか?」


どうやら俺は、こっちの彼女にも敵わないようだ。

彼女の言葉の返事代わりに、そっと彼女と俺の手を繋ぎ直した。

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星降る海とひかりある未来 じゃー @zyasyakku

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