最終回 新たなる試練
突出して優れているという訳ではないが、一年生は全部で二百人いるので、決して低い順位ではない。
技能試験で問われるのはあくまで魔法の制御だったり、正確にイメージの構築ができるかどうかだったりするため、強力な精霊と契約しただけでトップに食い込める程この学園の試験は甘くない。
化物クラスの力を持つ生徒は、何もフィオナやテオだけではないのだ。
そんな中で、魔法を使い始めてから一ヶ月足らずのテオが四十八位というのはかなり健闘したと夜見は思うのだが、
「四十八位ですってぇ……? そこは二位取りなさいよ! このフィオナ・ルザークが直々に稽古を付けてあげたってのに、こんなんじゃ意味ないじゃない!」
フィオナはどえらく不満だったらしい。
余程頭に血が上っているのか、周囲の視線など一切気にせず、テオの腕をギリギリと締め上げている。
「む、無茶言うな! そうポンポン上位取れるわけないだろ! 確かに四十八位まで上り詰められたのはおまえのおかげだけど!」
「きーっ、つまり私はその程度だって言いたいのね! 四十八位の女って言いたいのね!?」
「どこをどう切り取ったらそんな解釈になるんだよ!?」
「はっはっは、無駄だぜ我が主。今の彼女はどんなことだろうと君への攻撃に変換してしまうこと間違い無しだ。だが安心したまえ。どれだけいたぶられようと――」
「回復魔法使えばどうってことないってか!?」
「その通りだとも。いやあ、我が主も僕への理解力が深まってくれたようで何よりだ。やはり夜に合体したのが効いているのかな?」
「やめんかその誤解を招く言い方……ってフィオナさん? なんか締め付けがエグくなってあぎゃぎゃぎゃぎゃ――!」
さながらワニに捕食されるインパラのようであった。
どっちがワニでどっちがインパラかは今更言うまでもなかったが。
日本の学校であれば、こんなことになったらすぐに教師がすっ飛んでくるが、自主性を重んじる――というかほぼ放任主義であるこの精霊学園では、仲裁に入ろうという酔狂な輩は教師陣にはほぼいないのだ。
では生徒達はどうかというと。
「おのれ葉っぱ野郎」
「フィオナ様とあそこまでイチャイチャするとは」
「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨ッ」
一部の生徒達の体からは、ズモモと怨念を発していた。
彼ら彼女らには、一体世界はどう見えているのだろうか。
ともあれ、現在夜見が用があるのは他ならぬテオなのだ。
「おいフィオナ。乳繰り合うのは放課後かベッドの上だけにしておけ」
「いいいいいい一体なにをいっているんですか先生!? テオと私は身分が……」
顔を真っ赤にして拘束が緩んだところを、テオの首根っこを掴んで強制的に立ち上がらせる。
「やあ与田切夜見。クライアントとの話し合いは終わったかい?」
ニィッと底意地の悪い笑みを浮かべるゼロに内心舌打ちする。
見ていたのか、はたまた午前中休んでいた所から当たりを付けていたのか。
どっちにしろこの手合いはあまり好きじゃない。
ゼロを無視して、テオと向き合う。
「クライアントって……また俺をどうこうしようって話ですか?」
「それに関しては心配いらん。連中は数ヶ月は動こうとはしないだろうからな」
「数ヶ月って、そこは永遠に手出しはさせないとかバシッと決めて下さいよ」
「雇われの身である私にそれは無理だな。それに、力を手に入れるということはそう言うことだ。ついでにもう一つ、代償を払って貰おうか」
一枚の封筒をテオに押し付ける。
「代償?」
はてと首を傾げながら封筒を開けると、中から出て来たのは、
『請求書』
「……はい?」
ゴシゴシと目を擦ってもう一度見てみる。
『請求書』
うん、間違いではなかった。
間違いであって欲しかった。
「先生、これ、なんです?」
「この前の戦いでおまえがぶっ壊した学校設備の弁償代だ」
「ゼロの数が四つくらい多くありません?」
「いいや? これが適性価格だ。一括でも分割でもいいから、卒業までに全額払え」
ちなみに請求書を覗き見た超絶金持ち貴族のフィオナが、
「うっわ、高い……」
と顔を引きつらせたくらいのお値段である。
「おかしいじゃないですか! なんだって俺がこんなの払わなくちゃいけないんですか!?」
「そりゃ壊したからだろ」
「直ってるじゃないですかもう!」
テオが〈無我夢中〉のバックファイアーから復活した頃には、校舎は何事もなかったように修復されていた。
「そりゃ業者に頼めば一晩で直してくれるさ。破壊した建物は校舎の屋根くらいなものだったからな」
なるほど業者に頼んだということは、その分の料金かなるほどなるほど――と納得できるはずもない。
「だとしてもこれは高すぎますよ! まさかその業者って、マフィアの下請けとかじゃないでしょうね!?」
「いいや、極めて良心的な所だ。問題は、おまえが破壊していた屋根に隠されていた代物でな」
なんだろう。
凄まじく嫌な予感がする。
「……ちなみに、何があったんですか?」
「聖遺物、その欠片だ」
目の前が真っ暗になった。
聖遺物は人類が誕生する遙か前、神話の時代の忘れ形見だ。
かつて軍神が使っていた武具や、紙が宴会に使っていた杯などが代表的なものになっている。
聖遺物に内包されている力は凄まじく、欠片だけでも今世の魔法師には使いこなすことが難しい。
無論そんな代物がゴロゴロ転がっているはずもなく、完全体の聖遺物は国家予算レベルの値が付くとかなんとか。
じゃあ欠片が安いかと言えばといえば、それは相対的に見ればの話。
貧乏学生であるテオにとってはどちらも天文学的な値段なのだった。
「数千年モノの超一級品だったんだが、おまえのとっておきの魔法でポンと蒸発したって訳だ」
「いやー、さすが〈無我夢中〉からの〈天衣無縫〉の重ねがけ。我ながらとんでもない威力だねえ」
はっはっはと呑気に笑っているゼロ。
「なんだってそんなものを屋根裏なんかに隠してたんですか!?」
「まさかそんな貴重な物がそんな雑な場所に保管されてるとは思わんだろう? その盲点を突いたものだったらしいんだが」
「雑に破壊されちゃ世話ないですよ! さすがにこんな金額払いきれませんって! そもそもこうなった原因って先生ですよね!? あなたも払って下さいよ! 競馬でかなり儲けてましたし!」
「競馬で儲けた金はとっくの昔に消えたぞ」
「……贅沢しなければ一年は食っていけるくらいの額でしたよね」
「そして賭博に突っ込めば一日で消える額でもある」
もはや取り付く島もない。
「ダンジョンが壊れたときは私が全額負担してやったんだ。これくらい自分で払え。なに、心配するな。金が無くても人間は案外生命活動を維持できるものだぞ?」
そう言って、夜見は去って行った。
残されたのは、見ただけで吐き気が込み上げてくる額の請求書。
「えーっと……その、がんばんなさい。私も少しは力貸してあげるから」
妙に優しい口調で、ポンと肩を叩くフィオナ。
「さてさて、面白くなってきたね我が主? 一難去ってまた一難。破滅の芽というのは摘んでも摘んでも姿を現すとはよく言ったものだねえ」
心の底から楽しくて堪らないとばかりに笑っているゼロ。
嫌じゃああああああああああああああああああ――
テオの絶叫が学園に響き渡った。
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