第31話 順位やいかに

「――とまあ、これが我が主が学校を休む羽目になった事の顛末という訳さ。ご理解頂けたかい?」

「……ええ、理解したわ」


 夜見先生に殺されかけた一件を臨場感たっぷりに聞かされたフィオナは、はあと嘆息した。

 俺とゼロでだけでもかなりの人口密度だが、フィオナが来たことで臨界寸前。


 そのうち床が抜けるんじゃないかと気が気じゃない。

 ちなみに初めて俺の部屋に来たフィオナは開口一番、


「何ここ、物置?」


 と失礼千万なことを言いやがった。

 しかもバカにしくさった表情じゃなくて、きょとんと首を傾げながら言ったのが益々腹立たしい。


「で、今はこの体たらくってワケね。私のことやかく言えないじゃない」

「お、おまえ。病人に向かってそんな容赦ない……ねぎらいの言葉の一つや二つかけてくれたっていいじゃないかよう」


 ちなみに俺は今、ベッドに横たわりながら高熱にうなされている。

 やっとこさトイレくらいならいけるが、それ以外はほぼ何も出来ないと言う状態だった。


 体全体が熱された鉄になった気分というのはきっとこんな感じなんだろう。

 これこそが第三の魔法〈無我夢中〉の代償だった。


「〈無我夢中〉はその人間の潜在能力を解放させて爆発的に強化する魔法だ。要は脳のリミッターを外して、肉体をそれに耐えうるように再構築するというものなんだが、何故人間の身体にリミッターがあるのかと言えば答えは簡単、こうなるのを防ぐためなんだよネ」

「……まさか、壮大な知恵熱ってコト?」

「イエース。僕と我が主の一体化が解かれて元の姿に戻る際の僅かな時間、肉体と頭脳いずれかにズレが生じる。頭脳が先に戻るのであれば問題は無いんだが、逆であれば脳に肉体が耐えきれない。よって、このようになるってワケだ」


 アッハッハー、とゼロは呑気に笑っていた。


「そ、それを早く言え~うごご」

「仮にそう言ったとしても、君は使わざるを得なかったと思うがね。呪いに蝕まれた挙げ句心臓を破壊されたとなりゃ、ああでもしないと命を長らえて与田切夜見を打倒することはまず不可能だった。命あるだけ儲けもんと考えたまえ」


 ぐぬぬ反論できない。


「でもまさか、夜見先生が刺客だったなんてね……」

「意外だったか?」

「全然」

「だよな」


 むしろ教師をやっている方が違和感なのだ、あの不良教師は。


「そう言えば、あの人どうなったんだ?」


 〈天衣無縫『連』〉を食らったとは言え、あの人がそう簡単にくたばるとは考えにくい。

 とは言え、さすがにあんなのをまともに食らったらそれなりにダメージは食らっているはずだが、


「え? 今日普通に授業やってたけど。頭に包帯巻いてたくらいで、それ以外変わったことはなかったわ」

「それはそれで人としてどうなんだ?」


 死んでいないことが分かって少し安心したけど、あの人はあの人で少しおかしい。


「悪運の強さはあっちも上だったと言うわけだね。でもまあ、いいんじゃないかい? 今のところ新たな刺客が派遣された気配もない。ま、このタイミングで来たら、フィオナ・ルザークが足止めしてくれるさ」

「この私を囮に使うってワケ?」

「生け贄とも言うよ」

「悪化してるじゃないまったく……ほら、今日のノート」

「え、マジ。いいのか!?」

「別に大したものじゃないでしょ」

「いやでもさ、この前まではそんなの踏んづけてでもあげないみたいな雰囲気だったろ」

「あ、あれは……! ええい、昔は昔今は今! 中間テスト直前にぶっ倒れられて実力を発揮し損ねましたなんてムカつくからやったまでよ。何もしないなんてフェアじゃないもの」


 金髪を指でいじくりながら、フィオナは言った。


「サンキューなフィオナ。あとで学食でなんか奢るわ」

「自分の財布見てからそんな世迷い言ほざきなさい。私に奢ろうなんて百年早いわ」

「ぐっ」


 忘れていたけど、今の俺の財政状況ヤバい状態なんだよな……

 こんな状態だからバイトもいけないし。

 スープとパンのみの貧乏定食すらも厳しくなってきそうだ。


「本当に野垂れ死にしないか心配になってくるわね……もうすぐ試験なんだし、ちゃんと回復しなさいよね。引き立て役がいないとつまらないし」

「悪いがそっくりそのままお返しするぜ。何せ今の俺には〈天衣無縫〉と〈有象無象〉だけじゃない。第三の魔法〈無我夢中〉まであるんだからな!」


 しかもあんなバケモノみたいに強い夜見先生より強くなれるというお墨付きまである。

 一度発動したらほぼ勝ちは確定したも同然の反則技だ。


「ふんっ、それがなんだってのよ。私だって原初魔法あるし、簡単に勝てるなんて幻想は抱かないほうがいいんじゃないかしら?」

「幻想で終わればいいんだけどな。けど〈無我夢中〉使っちまえばそれも現実になっちゃうかもな」


 にょほほ気分が良いぜ~と浮かれていたら、


「どうだろうね~、あの〈無我夢中〉は呪いを受けた状態で心臓が破壊されたことで生と死の境界線に触れて発動した、偶発的なものだ。使おうと思って使えるものじゃないよ」


 思いっ切り、水を差された。 


「……マジ?」

「マジだとも。そもそも〈無我夢中〉は無属性魔法の最奥だぜ? 一時的に使えたこと自体が奇跡みたいなものなんだよ。奇跡を戦略に組み込むのはあまり賢いことではないということは、契約している精霊としてアドバイスを送っておくよ」

「……はい」


 やっぱり都合のいいことはそうそう転がってるもんじゃないらしい。


「で、でもアレだぞ。学力試験では絶対に勝つ自信はあるからな!」

「わーお見事に自分が有利な方向に話をズラしたね。そこら辺の変わり身の早さは嫌いじゃないぜ」

「学力試験だって同じ事よ。入学試験と同じ轍を踏むつもりなんてさらさらないわ。実技と学力、両方であなたに勝ってみせる!」


 びしりっと俺を指さしながら、フィオナはそう啖呵を切った。





「どういうことなんだこれは!」


 薄暗い会議場で、魔法師は唾を飛ばしながら夜見に食ってかかった。


「報告した通りだ。無の精霊の保護に失敗した」

「ふざけるな!」


 事実を口にしたのにふざけるなと言われるとは。

 まったくもって世の中とは理不尽だと、夜見は嘆息した。


「コインが常に表とは限らんだろう。今回はたまたま裏だった……ただ、それだけのことだ」


 夜見の声に悔しさは滲んでいない。

 前払いで報酬をゲットしている時点で、正直仕事の成否自体どうでもいいのだ。

 強いて言えば、レイジングブルと蛇目が破壊されてしまったことか悔やまれる。


 レイジングブルは修理すれば問題無いが、住処を破壊されたせいで契約している水の精霊がヘソを曲げてしまって、呼びかけても応答してくれないのだ。

 こればっかりは金でどうにもならない。


「何のために貴様に高い金を払ったと思っている!」

「金を積んで万事上手くいくんだったら苦労なんてしないさ。それに、高かろうが安かろうが、第三の魔法を使ったテオ・リーフに勝つことは無理だ。アレは常識という枷から解き放たれたバケモノだぞ? 止められるものか」


 その事実に、会議場にいた魔法師達の顔が青くなる。

 数ある契約者のなかでも、ほんの一握りしか使うことができなかった第三の魔法。

 それを魔法を使い始めて一ヶ月も経っていないテオ・リーフが、使いこなすとは完全に予想外だった。 


「それに、だ。おまえ達は、テオ・リーフが無の精霊の力を制御できないと判断したから、私を派遣したんだろう? だが先日の戦いで、奴は完璧とはいかないが無の精霊の力をものにした。なにせ〈無我夢中〉まで使ったんだ。よかったな、あの様子じゃ暴走の危険性は限りなく低いぞ」


本来彼らは、テオ・リーフが極めて強大な力を持つ無の精霊を制御できないので保護をするという名目だった。

 だがテオが第三の魔法〈無我夢中〉を使ったことで、その前提は崩れ去った。

 既に彼らに、大義名分は存在しない。


「そもそも、何故早い段階で始末しなかったのだ。チャンスはいくらでもあった筈だ!」


 確かにそれは一理ある。

 目の前にいる彼らのの権力を使えば、競馬場で見かけた瞬間レイジングブルで頭蓋を撃ち抜いていても特に問題は無かっただろう。

 そうでなくても、テオはいちいち無防備なのである。

 夜の学校に来いと言われて、精霊がいない状態でホイホイ付いてくるのは危なっかしすぎる。


「依頼はあくまで精霊の保護だったはずだぞ? こんなでも私は教師の端くれ。教え子に素質を見極めるのもまた仕事だ。生死は問わないとは言ったが、積極的に殺せとも言われていない。こう言うのは死者が出ないことに越したことはあるまい?」


 我ながら詭弁だった。


「まさか貴様、最初からそれが狙いで……!?」

「さて、なんのことやら」


 肩をすくめて、踵を返す。

 背後がなにやら騒がしいが、夜見の知ったことではない。

 前払いで報酬を手に入れた以上、ここに留まっても得るものは何もない。


 そもそもここに来ることすら、本当は遠慮したかったのだ。

 午後からは普通に仕事がある。

 精霊学園に戻ると、多くの生徒が中庭に向かっていた。


「ああ、そう言えば今日だったか」


 中間試験が終了して一週間後に、中庭に試験結果が張り出される。

 ちなみに個別で答案や結果が帰ってくるのはもう少し後なので、生徒達はこの瞬間、初めて己が研鑽の結果を目にすることになる。

 中庭に集った生徒達は結果を目にして様々な反応を示していた。

 それは歓喜だったり悲嘆だったり、


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ――」


 絶叫だったり、する。


「なんで絶叫だ?」


 この絶叫は結果云々と言うより肉体負荷によるもだが――と悲鳴の発生源に目を向けてみると、


「何なのよこの体たらくは~!」

「ぎゃー! や、やめろフィオナ! 砕ける! 腕砕けるからあああああああああ!」


 中庭のど真ん中で女子生徒に腕挫十字固をめられる男子生徒の姿があった。


 女子生徒の名はフィオナ・ルザーク。

 男子生徒の名はテオ・リーフ。

 ついでにレフリーっぽいことをやっているゼロ。


 この前の決闘以降、よく見る組み合わせだがこれはどう言うことだろうか。

 担当教科以外はほぼノータッチだったので、夜見も試験の詳しい結果は知らないので掲示板に目をやると、



 学力試験

 一位 テオ・リーフ

 二位 フィオナ・ルザーク

 ……



「ふむ妥当と言えば妥当だな」


 テオ・リーフは魔法師としてはまだまだ未熟だが、こと座学に関しては他に追随を許さない。

 二位のフィオナとも十点以上の差を付けている。


 しかしこの結果だけでフィオナがあそこまでお冠になるとは考えにくい。


「となるとあいつの怒りの源泉はこっちではなく実技試験の方か」


 果たしてその結果はどうかというと、



 実技試験

 一位 フィオナ・ルザーク

 ……

 四十八位 テオ・リーフ。


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