第30話 並列構築

「か、はっ――!?」


 何だ。

 何が、起こった。

 反射的に前に突き出した左腕がひしゃげていた。

 肋骨も何本か折れている。


 ようやく、思考が追いついた。

 夜見は、ゼロの攻撃に文字通りぶっ飛ばされたのだ。


「左から失礼!」


 こちらに目を向けた瞬間、夜見の腹にゼロの爪先が突き刺さっていた。

 内臓が攪拌されたような感触と共に、蹴り上げられた夜見の体は、屋根の一部を破壊しながら、屋根の上を転がった。


「追いついたって言うのか、自らの攻撃に」


 夜見の脳内に僅かに混乱が生じたが、大体のことはなんとか飲み込めた。

 なんらかの攻撃で夜見を校舎の外まで吹っ飛ばした後、その吹っ飛んだ夜見の体に追いついて追撃を食らわせたのだ。


「飲み込めたが……無茶苦茶だな」


 傷だらけの肉体を回復魔法で癒やしながら、僅かに舌打ちをする。


「我が主が死にかけながら掴み取った奇蹟だ。無茶苦茶でなくっちゃあ報われないだろう?」


 背後から声と共に繰り出される斬撃を、夜見は懐から取り出したナイフで防ぐ。

 余りの衝撃に、肩が外れそうになる。

 凄まじいスピードとパワー。

 あのもやしっ子であったテオとは比較にならない。


 肉体付与が可能なエンチャントか?

 だとしてもここまでの力を引き出すことは不可能なはず――


「知りたいのならば教えてあげよう。この体はね、黒魔術師。我が主が魔法を行使するのに最も最適化された肉体なんだよ。この力は、この体そのものの力ってことだ」

「肉体の再構築か――!」

「その通り。第三の魔法〈無我夢中〉はあらゆる枷から術者を解放する魔法だ。無論、肉体だって例外じゃない。むしろ、魔法師にとって一番の枷は自身の肉体そのものだろう?」


 確かにそれはそうだ。

 フィオナのように、どんなに強力な魔法であろうと肉体が耐えきれないケースは枚挙に暇がない。

 魔法を制御するということは、行使した魔法に自分自身が食い尽くされないようにするということでもある。


「今のテオには、それすら考慮する必要がないってことか」

「勿論。いまなら天衣無縫撃ち放題大放出サービスで、ここら一帯を更地にすることも――え? 分かってるよ。ちょっとした冗談じゃないか」


 どうやら、テオから抗議があったらしい。

 夜見は剣を弾いて後退し、レイジングブルの引き金を連続して引いた。

 計三発の鉛球がゼロに向かって飛ぶ。

 ゼロはそれを斬撃魔法で撃墜した。


「早い――!」


 イメージを組み立ているのが恐ろしく早いというだけではない。

 本来魔法は、イメージを最後まで組み立ててから撃つものだ。

 だがゼロは、構築した部分から部分的に撃ち出している。


早撃ちクイックドロウとは味な真似をしてくれる……!」


 イメージが未成熟なまま撃ち出すという悪癖を、一つの技に昇華している。

 教師の立場であれば、安定したイメージの構築を優先しろ馬鹿者と叱りつけるべきなんだろうが、今の夜見は殺し屋だ。

 どんなプロセスを踏もうと最終的に勝てば問題無いのである。

 それに、圧倒的にこちらが不利かと言われればそうではない。


 ゼロの斬撃を凌ぎながら、それは確信に変わっていた。

 スピードもパワーも飛躍的に上昇している……だが、剣技は未だに拙いままだな」

 軌道があまりにも正直すぎる。

 いくら肉体の枷を外したとしても、動かしているのがテオ・リーフである以上、飛躍的に剣技や体術が向上する訳ではない。

 突き技を繰り出してきたゼロの腕に自らの腕を絡みつかせて捕らえ、顎に肘鉄を叩き込む。


「ぐえっ」


 くぐもった悲鳴を上げるその顔面に向かって銃弾を撃ち込んでいくが、これは首を捻られて避けられてしまったので、弾丸が頬を掠めるくらいだった。


「いてて、僕の美貌に肘鉄&銃弾って殺意高すぎないかい?」

「はなから殺すつもりでやってるからな。高くて当然だ」


 肉体の耐久力は、〈無我夢中〉発動前とそんなに変わっていない。

 こちらの攻撃がまるで通じない訳ではないようだ。

 夜見はゼロの影に杭を打ち込み、〈影縫い〉を発動させて距離を取った。


「げっ、そうだ君にはこれがあったな……まったくいやらしいよ」

「戦略と言ってくれ。通じるかどうかはバクチだったがな」


 もし〈無我夢中〉が術者に行使される魔法も『枷』と認識していたら、魔法が一切合切効かないという悪夢みたいなことになっていたが、それは杞憂だったようだ。

 レイジングブルの弾丸を詰め直し、ゼロの周囲に防壁魔法を展開していく。


「む、これは猛烈に嫌な予感」

「正解だ。大人しく蜂の巣にでもなっていろ」


 型を中心にして円を描くように、夜見は弾丸を撃ち放つ。

 弾丸は防壁によって弾かれ、ゼロの元に殺到した。

 そのほとんどが、視界の外から襲ってくる。

 見えていればなんとか対処できるが、死角を狙われてしまえばそれも難しい。

 しかもゼロの座標は〈影縫い〉によって固定されていて、避けることすら困難だ。


「なら、これでいこう」


 回転するように零を振るって、魔力の奔流を発生させた。

 その竜巻じみたい勢いで回転するそれは、弾丸を絡め取って空高く打ち上げた。

 奔流を利用した防御術――


「――フィオナの技か」

「ああ。無事成功して我が主もご満悦だぜ。ついでに、そろそろ終わりにしよう、ともね」

「その剣で首筋を掻き切ってくれたら文句なしなんがな」

「それはできないよ。我が主は生き残る気満々だからね――死ぬとしたら、君だよ。与田切夜見」


 ギラリと、ゼロの瞳に明確な殺意が宿った。

 それは彼女のものなのか、テオのものなのか――はたまた両方か。


「上等だ。二人とも全力でこい」

「ああ、全力でとらせてもらうよ。ここで撃っても、特に被害は無さそうだしね――!」


 ゼロは剣を水平に構え、魔力をチャージし始めた。

 来るか――天衣無縫。

 夜見の切り札であるヒュドラを模した魔法は、弾倉の中に銃弾が一つも残っていないことが発動条件だ。

 先程の跳弾で、その条件は既に満たされている。

 左手を添え、レイジングブルを構える。


 蛇目が怪しく輝き、銃口に紫色の禍々しい球体を形作る。

 さながら卵のような形状のそれこそが、夜見の切り札。

〈カース・オブ・ヒュドラ〉のような、脳を騙す暗殺専門の呪いではない。

 物理的に敵を蹂躙する、その魔法の名は――


「――バース・オブ・ヒュドラ」


 詠唱と共にトリガーを引く。

 打ち出された幻影の弾丸が、卵型のオーブを粉砕し、中から九つの頭を持った巨大な蛇の怪物――ヒュドラがその姿を現した。

 ヒュドラは計九つの鎌首をもたげ、ゼロの元へ殺到する。


「無為式・天衣無縫――!」


 突き出すようにして、自身の切り札である魔力砲を撃ち出した。

 二つの魔法が激突する。

 まともにそれを食らったヒュドラは僅かに苦悶の声を上げるが、すぐに天衣無縫へと牙を突き立てた。

 瞬間、魔力の奔流に乱れが生じる。


 束ねられていた魔力が、虚空へと霧散していく。

 さながら、分解されていくように。


「魔力じゃない――イメージを腐食する毒か」


 魔力を食らわれるくらいならば、無限の魔力を持つゼロにとっては痛くも痒くもないが、魔法の骨子であるイメージをやられるとなると話は別だ。


「やっぱりヒュドラ。毒を持っているのはデフォルトってことかい……!」

「当然だ。状況に応じて毒を使い分けはするがな。まもなくおまえの切り札は崩壊する。その後は二人纏めて轢殺って訳だ」


 〈影縫い〉の効力が健在である以上、避けることすらかなわない。

 魔法が崩壊したとき、それがテオ・リーフとゼロの最後だ。


「あわわわヤバい。これはヤバいぜ我が主……え? なんだって? ふんふん。なるほど。それなら確かにいけるな」


 再び夜見に向き直り、


「それは、どうかな?」


 にっと、不敵な笑みを浮かべた。

 どうやら先程の狼狽は無かったことにしたいらしい。


「少なくとも、我が主はそう思っていないようだぜ」


 刀身が輝きを帯びる。

 イメージの再入力か。

 確かにそれで術式は補強できる、がそれも想定済みだ。


 ヒュドラの首は九つ。

 その首一つ一つが毒を持っている。

 多少補強したところで焼け石に水だ。

 だが次の瞬間、ヒュドラの首の一つが吹き飛んだ。


「何!?」


 ヒュドラの首はすぐに再生したが、その矢先に別の首が吹っ飛んだ。

 魔法で強化した目で、零のの刀身を観測する。

 いつも以上にその輝きはまばゆかった。


 息を飲む。

 その事象が何なのかを、夜見は信じられなかったが、理解していた。

 今までその可能性を考慮していなかったのは、単純にその芸当が不可能なものだったからだ。


「バカな……イメージの並列構築だと」


 魔法の核であるイメージは、一度に複数の構築を行うことは不可能だ。

 体の動きや敵の動向など、他にも思考のリソースを割かなくてはならないという事情もあるが、何より魔法を使う際のイメージは細心の注意を払う必要がある。


 失敗した場合、そのバックファイアーは術者に帰ってくる。

 二つのイメージを構築しようとして失敗すれば、そのリスクは二倍だ。

 なにより多数のイメージを構築しようとした時点で、脳が過負荷に耐えきれないはずだが――


「だがそれもまた、肉体による枷だ。言っただろう? 僕の体にはそんなもの存在しない。我が主がそれを可能とする能力を持っているのならば、実現できるって寸法なのさ!」


 さらに肉体をゼロと共有している今、テオはイメージの入力のみに専念できる。

 現在撃ち出している〈天衣無縫〉のイメージを補強しながら、テオはさらに構築を重ねていく。

 制限なんて無い。

 無尽蔵の無色の魔力で、あらゆる枷を無に帰す。

 それこそが、無の精霊ゼロの真骨頂。 


『全イメージ構築完了。かますぞ、ゼロ!』

「心得たよ、我が主」


 二つの声が重なる。


「『無為式・天衣無縫――『連』っ!!』」


 同時に構築された十のイメージが一つになる。

 撃ち出される火力は今までの十倍――いや、それ以上。

 ヒュドラの首が次々と弾けていく。


 再生しようとしてもその途中で破壊される。

 いよいよ全ての首を吹き飛ばされたヒュドラの術式は、崩壊した。


「あー……これはダメだな」


 苦笑する夜見の体を、光の奔流が飲み込んでいった――

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