40 二組の魔女と使い魔

 数日後、落ち着きを取り戻したリリナの家のテーブルをグリン達は全員で囲んでいた。グリンはヤマネコの姿のフランを抱えている。


「フラン、話していい?」


「……」


「わかった。ありがとう」


 腕の中に抱えたフランに爪を立てられながらグリンは順を追って今までのことをリリナとシトラに説明した。


 竜は自分の姿を他の生物に変身させることができること。

 落ちこぼれの自分は最後まで竜の姿のままだったこと。

 天界を離れてリリナの手によって人間の姿になれたこと。

 天界から仲間であるフランが迎えに来てくれたこと。

 それでも自分はこの場所に残りたいこと。

 フランがここに残ることを認めてくれたこと。


 全ての話を聞き終えるとリリナは穏やかに微笑んだ。顔をくしゃくしゃにして号泣しているシトラをイルヴァが苦笑して落ち着かせている。


 グリンが話している間、終始フランは我介せずと目を閉じていたがグリンの膝の上からどこうとはしなかった。それがどんな感情によるものなのかはわからない。それでもフランもしばらくこの森に残ってくれるのは確かなようだった。

 鼻をすすりながらリリナはグリンに尋ねる。


「この猫ちゃんも竜なんだよね……」


「そう、僕より年下。幼馴染の女の子で名前はフラン」


『女の子』という単語にリリナの耳がひくひくと動き、『幼馴染』という単語にシトラは泣き腫らした目を見開く。イルヴァが軽く咳払いをした。


「フランは人の姿にもなれるんだよね? じゃあどうして今も猫の姿に──」


「あなたがグリンのご主人様?」


「わわっ! 猫ちゃんが喋った! はい、そうです! リリナ・フィリーナといいます」


「……」


 驚きながらも答えたリリナにフランは鼻を鳴らすとつまらなそうに目を閉じた。



「この家は一からゴーレムが作った」


 グリンが自分の髪と同じ銀色のヤマネコを抱えながら見上げる先には真新しい建造物が経っている。

 遂にイルヴァの別荘が完成し、今日はそのお祝いのパーティーをすることになっていた。

 あれからグリンの前ではフランはずっとネコの姿で過ごしている。フランはグリンに抱っこされることを嫌がらなかった。

 グリンは木陰に座るとポシェットから小さな紙袋に入ったクッキーを取り出した。半分に割ってフランに差し出すと躊躇しながらもフランはクッキーをかじる。


「天界でフランは僕の口の中に食べ物を放り込んで逃げ回ってた。今はあの頃とは逆。僕が餌をあげてる」


 その言葉にフランは身をよじって暴れるとグリンと距離をとって睨みつけた。

 猫の姿になって、その身を撫でたり触らせてはくれるのに、からかわれるのは嫌なのかとグリンは不思議に思う。

 そして自分が誰かをからかうことのできる今はどんなに幸せなのかと。


「おや、グリン。ここにいたのか。いやぁ、ついに完成したな。私もこの別荘の出来には満足しているよ。リリナの家との調和を意識したから少し小さめだがそれもまたいい」


 確かに完成した別荘は目立った装飾もなければ、建物が特別大きいわけではない。庭だけは十分なスペースがあるが特筆すべきものでもない。

 エルツの森の所有者であるアイトリノ王国の女王ならば。もっと趣向を凝らした建築を用意できたはずだが、イルヴァの表情は底抜けに明るく、満足気だった。


「グリン、これから私は君が地上に残ってくれたことを後悔しないように全力を尽くすよ」


「これからも魔法をたくさん教えて欲しい」


「ああ、今度リリナと一緒にゆっくりな。それよりそろそろだぞ」


 一瞬の静寂の後に聴こえてきたのは壮大な管楽器の音。飛空船リンゴンがゆっくりと空から降りてくる。

 船上には多種多様な楽器を演奏する女王親衛隊の姿があった。今日の別荘の完成を祝うパーティーが始まったのだ。

 船頭に立って曲の指揮をしているのはシトラだった。グリンと目が合うとウインクをしてくれる。


「ちょっとぉ! なんで飛空船が来たことを誰も教えてくれないんですか!」と慌てたリリナが家から走ってきた。

 イルヴァが少し離れた場所にいたフランを優しく抱きかかえる。フランに嫌がるそぶりはなかった。


「さて、船に乗り込もう。冷める前に料理を食べようじゃないか」


 イルヴァの言葉を聞いてグリンが真っ先に走り出し、慌ててリリナも後を追う。

 フランを抱えたイルヴァはゆっくりと歩を進めた。


「これからあの二人だけに重たい荷物を背負わせるわけにはいかないからな」


 全てを知っている竜と魔女、知る由もない竜と魔女。

 この森では誰もが同じような時を、同じように笑顔で過ごしていく。

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にやにや魔女と雲上の使い魔 大石壮図 @souto61souto

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