39 特別な竜

 力を使い果たしたフランを背負い、グリンは帰路に就いた。グリンの方がフランより身長が低いのでその姿はかなり不格好だった。


「これじゃあ、私だけ馬鹿みたいじゃないの」


「そんなことない。僕も馬鹿だから」


「……そうよ、大馬鹿よ。いつの間にあんな魔法を使えるようになったの?」


「わからないけど使えた。なぜ使えたのかは僕にもわからないけれど、魔力を分けてくれたのは僕を助けてくれた魔女」


「魔力があるからとかそんな簡単な話じゃないわよ。それこそ生まれてからずっと訓練を積まなきゃこんな……」


 グリンと同じ考えがフランの頭をよぎった。同時にこの考えが正解だという確信もあった。

 グリンが生まれてからずっとしてきた修業は竜の変身能力を目覚めさせるものではなく、魔法を自在に扱う訓練だったのだ。つまりグリンの両親は最初からグリンが『特別な竜』であることを知っていたことになる。


 フランはグリンの小さな背中に頬を押し付けた。フランは自分の力がグリンに全く通用しなかったのが腹立たしかった。

 だが今はそれが些細なことに思えるほど何よりも心が軽い。グリンが誰よりも努力していたことをフランは知っていた。その努力が報われた瞬間に立ち会えたのだ。

 グリンの笑顔を見たのは初めてだった。天界で暗い表情をしていることの多かったグリンがあんなに眩しく笑えるなんて。

 様々な感情が入り混じり、どんな顔をすればいいのかわからずにふてくされるフランの手の近くで、グリンの胸元の魔女を呼ぶ笛がキラリと輝いた。


 フランはリリナの家が見えてくるとじたばたと暴れてグリンの背中から降りた。理由のよくわからないグリンが振り向くとフランは既にヤマネコに姿を変えていた。

 グリンはフランが姿を変えた理由がわからなかったのでとりあえずフランの意思を尊重することにした。


「ただいま」


 グリンはいつもより大きな声でドアを開けた。すぐにリリナが駆け寄ってきてグリンをきつく抱きしめる。

 同時に後ろから猫の姿のフランがグリンのふくらはぎに噛み付いた。



 満月の夜、森の中に二つの影が並んでいた。ゴーレムを物珍しそうに見上げる人間の姿になったフランとイルヴァ。


「私はグリンに魔法を教えた魔女に言わなければいけないことがあるの。聞かないことはできないわ。あなたはもう当事者になってしまったのだから」


「まさか。自分の意思で乗った船からなぜ降りなきゃいけないんだ。君が言わなければこちらから尋ねるつもりだったさ」


「さすがグリンのお師匠様は威勢がいいわね。今から伝えるのはグリンが空から降ってきた理由よ」


「ほう。いきなり核心を私に教えてくれるのか。光栄だな」


「端的に言うなら、グリンは特別な竜なの」


 フランの説明によると特別な竜には過酷な運命が待ち構えているとのことだった。


 実は天界に竜の里は二つある。グリンの住んでいた里ソームともうひとつの里ルブ。

 二つの里はお互いに干渉しない。ただ一つ特別な真の竜の伝承に関すること以外は。


『変身能力を持たない真の竜は、その身で時を越え新たなる世界を創造しなければならない』


 つまり特別な竜は時を超える能力を持つ。新しい世界の創成はすなわち現世の人々との今生の別れを意味していた。


「それが比喩なのか事実なのかはわからないわ。ただグリンと二度と会えなくなる可能性があるのは確かだった」


「だからもう一つの竜の里に勘付かれる前に地上にグリンを匿ったのか。それにはシアが絡んでいるんだろう」


「そうよ」


「私を差し置いて裏でこそこそされるのは面白くないな」


「私はグリンをいいように手懐けたあなた達の方が面白くないけどね」


 ゴーレムの身体を撫でながらイルヴァは言葉を選ぶ。この場所からは月が見えない。


「フランは天界にいたほうがグリンは安全だと思ったわけか」


「ええ、どうやら私は先走っただけみたいだけどね。今思えば私が何もできないことをグリンのお母様とシアは理解していたのでしょうね」


「これからどうするんだ?」


「さあね。グリンを天界に連れ戻せない私には何もできないわ」


「フランは魔女の手のひらの上で踊りたくなかったわけか」


「そうね。私は子供だから踊らされるのは嫌い。でもあの魔女が、シアが私には及びつかない手段でグリンを救ってくれたのは確かよ。だから私のしたことは全部無駄だった。最初から踊りにすらなってなかったというわけ」


「そんなことはないよ、私に会えたのだから」


 イルヴァの言葉にフランは怪訝な表情をする。


「私もそろそろシアには一言くらい言ってやりたいと思っていたんだ。フランは曲を選べるのならまた私と一緒に踊ってくれるかい?」


「何が言いたいのかよくわからないわ」


「フラン──私の使い魔にならないか?」


 さすがのフランもその言葉には目を見開く。しかしすぐにニヤリと口角を上げた。


「面白いじゃないの。いいわ、なってあげる」


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