38 フランの本気

 竜の少女の目はこれ以上ないほどにつり上がった。グリンは勢いの増した氷の弾丸を次々と避けていく。

 そして避けるばかりではなく魔力を帯状にし、鞭のようにしならせるイメージで飛ばした。

 グリンの風の鞭に触れた氷は飛び散り地面に落ちる。確かな手応えをグリンは感じた。

 見たこともない軽快な動きで、余裕すら感じさせるグリンにフランの神経は更に苛立った。

 息一つ乱さぬグリンは、フランに歩み寄って口を開く。


「もう一度言う。フラン、わざわざ僕を迎えに来てくれてありがとう。でも僕はしばらくこの場所に残る」


「……」


「もしよければフランもどう?」


 グリンの止めの一言にフランは頬を紅潮させた。

 もっともそれはロマンティックではなく怒りだけが含まれたものだったが。


 フランはグリンがここまではっきりと天界に帰ることを拒絶するとは思っていなかった。

 きっと自分が両親から見放されたと思いこんでいるであろうグリンは自分にすがりついて助けを乞うと期待していたのだ。

 それがここ数日の様子はどうだ。日替わりで知らない女と楽しそうに過ごし、寝食を共にする。そこからは天界への未練などこれっぽっちも感じられない。

 挙げ句の果てには今日の振る舞いだ。落ちこぼれのグリンが才覚に溢れる自分の温情をないがしろにし、不愉快に笑っている。フランの髪は纏う魔力によって逆立っていた。


「…………ああ、そう。もう手加減をするのは止めるわ。私は今のグリンがとにかく憎たらしいもの。もういい、ここから見える全てを焼き払ってあげる」


「絶対にさせない」


「簡単には死なないわよね? グリンも一応、竜なんだもの」


 フランが右手を天に向けて開くと再び一つの球が浮かび上がる。色は怒りを具現化したようなどす黒い赤。左手を右手の甲に重ねると出現した炎はフランの頭上で膨張していく。

 あっという間にフランの身体よりも大きくなった火球を天にかかげフランは満足そうに笑った。おそらくあの炎は全てを焼き尽くさなければ消えない。今のフランは躊躇なくエルツの森を丸ごと焼き払うつもりだとグリンは思った。


「最後にもう一度だけ聞いてあげるわ、グリン」


 その言葉をグリンは遮った。


「──僕はここに残る。僕は魔女の使い魔だから」


 グリンは肩幅に足を広げて立つとフランに向けて片手を伸ばす。出現したのはシトラの持っていたレイピアを思わせる緑色に光り輝く剣。グリンはその剣を手にすると目にもとまらぬ速さで地面に突き刺した。


「そう、さようなら」


 フランにグリンの行動を気にした様子はない。グリンの最後の言葉に彼への興味を失った様子のフランが片手を振り下ろすと巨大な火球は真っ直ぐグリンを襲った。


 その時、グリンの眼前の緑の剣が天に向かって伸び始め、瞬時に枝分かれしていく。

 大きく広がり形を変えた剣はもはや大樹になっていた。

 フランの放った炎の塊はグリンの魔力のこもった大樹の幹から伸びた枝に絡め捕られ、その枝葉に包まれていく。


 フランは目の前の光景が信じられなかった。炎を包み込むのは圧倒的な緑。本来ならば焼け落ちるはずの木々に包まれて炎はぼんやりと消えていく。

 属性の相性すらも覆す圧倒的な力の差。


(何よ! 何よ! なんなのよ! あの落ちこぼれのグリンが!)


 あの竜としての変身能力すら持たない、あの不器用なグリンが見たこともない魔法を器用に操りフランの渾身の火球を完全に打ち消した。

 動揺したフランは手当たり次第に魔力をこめて複数の火球を作り出すと一心不乱にグリンに向けて放った。


「私が! どんな思いで! この馬鹿グリン!」


 余裕がなくなり、フランは隠しておきたかった本心を大声で叫ぶが、その全ての火球もまたグリンの作り出した大樹に飲み込まれる。


 フランは呆気に取られてその場に座り込んだ。

 肩で息をするフランのもとへグリンは近寄り、そっと手を伸ばす。

 ぎゅっと目を閉じたフランの頭を──グリンは優しく抱き寄せた。

 グリンは愛おしそうにフランの頭を撫でる。いつも自分の頭を撫でてくれる存在を頭にうかべながら同じような気持ちがフランに伝わるように。


「僕は自分が捨てられたと思い込んでしまうくらいに未熟だった。そうではないことに気がつくのも遅い」


 優しい声色でグリンは言葉を続ける。


「僕は未熟だからもう少しこの森で強くなりたい。フランもどう?」


「──え?」


 フランには先程と全く同じグリンの言葉が全く違って聞こえた。


「君が一緒に居てくれるのなら、僕は僕が竜であることを忘れずに済む」


 耳元でのグリンの落ち着いたささやきにフランは顔を真っ赤に染めた。


(あぅ……。い、いきなりなんなのよコイツ!)


 グリンは黙りこんでしまったフランを抱きしめて満面の笑みを浮かべる。

 それはフランの答えを無言の肯定だと都合よく解釈したからだったが、それはあながち間違いではなかった。


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