呪い

涼雨 レモン

呪い

 そこの貴方。ここはどこだか分かりますか?見た限り貴方は記憶を失っている。そうではありませんか?


 ここはあの世とこの世の狭間。私の話を少し聞いていただけないでしょうか?

『私は呪いにかかっておりました。』


 ◇


 キラキラとした木漏れ日。頬をなぞるそよ風。ここに鳥のさえずりさえあれば、それはもう完璧なシチュエーションでしょう。


 私には決して味わうことの出来ない日常。


 私には呪いがかかっておりました。厄介な呪いでした。

 魔女は言いました。

【貴方はきっと耳を死ぬ間際まで聞くことができない。】

 そういう呪いでありました。


 かけられたのは10歳後半。今は何歳かって?20代後半とでも言っておきましょう。


 魔女の呪いの言葉を最後に私は耳がぱったりと聞こえなくなり、ショックで両親は無理心中をしようとしましたが……結果として私だけ生き残ってしまいました。呪いをとく方法を探すより手話を覚えた方が早い。周りの大人に言われるがまま生活を続けておりました。


 耳が聞こえず苦労しながらも恋人はでき、幸せな生活を少しの間続けておりました。


 生活にも慣れてきたある日のこと。数年ぶりに脳内に声が響き渡りました。

『貴方の呪いを解く代償として恋人を殺せ。』

 忘れるはずもない。魔女の声でございました。


 私は悩みに悩みましたがこの世で最も愛している恋人。殺すことは到底できません。

 魔女の提案を断った私は魔女の怒りを買ってしまいました。


 翌週。魔女は私を殺しに来ました。魔女の放った魔法が私の胸に刺さった瞬間。初めて私は愛する恋人の声を。私を呼ぶ声を聞くことが出来ました。

 最後に視界に映ったのは彼女がくれたハンカチでした。


 ◇


 あまり面白い話ではありませんね。


 貴方にはどうしてもあの世に行く前に話しておきたかったのです。


 最後に。



 なぜ君はここにいるのですか?


 私の知っている君とは随分と姿が違うようだ。


 恋人でいてくれてありがとう。


 私はあなたを許さない。でもそれと同じくらいあなたを愛して許して抱きしめたい。


 私は君を許すよ。幸せだった日々も存在するから。


 耳が聞こえなくても私は幸せでした。


 ──さようなら。


 ◇


 感謝を最後に男性は消えてしまった。言われた言葉が私の脳内から記憶を引っ張り出す。

 私は彼の恋人であり、


 ──彼の敵でもあった。


 私は魔女としてある国の王に仕えていた。正確には─従わされていた。

 王の命令に背く・王を侮辱すると私は身体中の魔力を吸い取られ苦痛と共に死んでいく。

 そういう呪いがかかっていた。


 彼の体に宿る魔力は国を滅ぼしかねないという理由で私は彼に呪いをかけた。


 経過を観察しているうちに彼のことを知りたくなり気がついたら恋仲にまで発展していた。


 彼を殺す。国の王が下した命令。他の魔女たちに殺されるくらいなら、私がこの手で彼を殺そう。


 彼の頭に言葉を送った。

 彼が私を殺してくれれば私は彼を殺さずに済む。


 彼は私を殺さなかった。


 私は彼を殺した。苦しまないように。だがどうせなら耳が聞こえると自覚する時間を与えたい。調整は成功し、私は彼に攻撃が当たった瞬間に恋人の姿になった。


 彼の名前を叫ぶ。

 死なないで欲しかった。もっとたくさんの話がしたかった。私が呪いをかけていなければ彼は幸せだったかもしれない。

 彼のことを殺してしまった後悔

 彼に呪いをかけた後悔

 波となって一気に押し寄せてくる。


 私は彼の隣で死にたい。私は彼を殺した。きっとあの世では会えない。でも私は死に値することをしてしまった。


 ならば。


 私は王を侮辱した。幸いにも彼の体が冷えきらないうちに呪いは発動し始める。


 苦しい。痛い。息ができない。

 私の体は姿を維持できなくなり魔女の姿に戻った。彼の隣に横たわり、彼と手を繋ぐ。


 手を繋いだ瞬間苦痛が和らいだ気がした。彼の顔を見ると苦痛は消え、温かい気持ちに包まれた。彼がくれたブローチが見える。


 彼を殺すはずだった魔女たちが家におしよせる。


 そこにはお互い幸せそうな顔をして倒れている2人の姿があった。


 ◇


 全部を思い出し涙した。

 そして彼の行動を振り返りまた涙した。


 彼は


 今の私は姿を維持できず魔女の姿。

 彼にとって敵のはず。なのに。


 何故私を軽蔑し、罵倒しないの?


 数年間過ごした恋人が敵だった。なのに。


 私には彼が理解できない。


 でも、私は彼を愛している。彼も私を愛していた。


 その事実が消えることはない。


 私は彼に呪いをかけ、彼は私を憎んだ。

 その事実も変わることがない。


 結局は全て終わってしまった事なのだ。


 私は今から罪を償いに行く。来世では彼を殺すことも呪うことも無く過ごせる。そんな未来を期待してもいいだろうか?


『いいよ。私はいつまでも君を待っているから─。』


 ふとそんな声が聞こえた気がした。


 私はゆっくりと地獄行きの道へと歩き出した。


 ◇


 現代。日本


 すみません。これ落としましたよ。


 ありがとうございます!大切なブローチなんです!


 綺麗なブローチですね…。


 物心ついた時から身につけていて、、、

 貴方のハンカチもとても素敵ですね!


『─あの、何処かであったことありますか?』


 2人の声がキレイにハモる。


 被せちゃってごめんなさい。……あの、良かったら連絡先交換しませんか?


 僕もちょうど言おうとしていたところです─。


 夜の街頭に2人の顔と大切なものは静かに照らされていた。

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