忘れない

「おい、おい!!秋奈!!!」

「…………蒼太?」

「ッ!この馬鹿!!」

「痛ってぇ!!何すんだテメェ!!」

起き抜けに頭をぶっ叩かれて視界が揺れる。そんな暴挙に及んだ張本人を睨みつければ、その顔には深い焦燥が見て取れた。

「お前、どうしたんだよ。その顔」

「どうしたはこっちの台詞だ!お前、今まで何してたんだ!?」

「何って……」

思い出す。放課後の教室。蒼太と分けようと思って買ってきたけど一人で食べる派目になったアイス。それと、それと。

「アイツと喋ってたんだよ。ほら、幼馴染の」

「お前、お前なぁ!!」

アイツの話を出した途端、蒼太はそれまで以上に怒り出した。

「アイツなんていないんだよ!オレたちに幼馴染なんていないんだ!!もうそんなヤツのことは忘れろ!」

蒼太の言葉に頭が真っ白になる。

「何言ってんだよ、蒼太」

アイツはさっきまでオレにウザ絡みしてきてたんだ。

「ほら、いるだろ?変な幼馴染。オレたち二人と昔からずっと一緒で、ほら、小さい頃近くの神社で虫取りとかしてた」

アイツは確かに変なヤツだが、昔からオレたちの友達だったじゃないか。

「意味不明なことも言うけどさ、ほら。推しカプの壁になりたい〜とか。変な奴だよ。変な奴だけどいないなんて酷いこと」

アキちゃん、オレこと早く忘れてね。

アイツの声がそんなことを言っていた。

あれ。

「……アイツ、どんな顔してたっけ」

そういえば、今日一度も顔を見ていない。

アイツ、どんな顔してたんだっけ。

「……いないんだよ」

呆然とするオレに蒼太が言う。

「いないってことになっちゃったんだよ。お前も、いないってことにしておけよ」

蒼太の声は何故だか震えていた。



「ほらよ」

「サンキュ」

帰り道にあるコンビニで買ったアイスを蒼太はオレに投げ寄こした。

袋を開けて齧ると人工的なソーダの甘さが口いっぱいに広がる。隣を見ると、蒼太も最初の一口を美味そうに味わっていた。

「……なあ、本当にアイツはいないのか」

「しつこいぞ。忘れろ。金輪際、話題にも出すな」

「でも」

いないなんて思えない。夢なんかじゃない。アイツは確かに、そこにいたのに。そこにいたはずなのに。アイツに関する何もかもをオレは思い出せないし、分からないのだ。

何を言うべきか分からず困っていると、重く苦しげなため息をした蒼太が遠くを見つめながら他人事の様に話し出した。

「…………この話をするのはもう何度目か分からない」

「え?」

「お前はアイツに会ったって言う時、いつも大切なことを忘れてくる。言っておくけど、オレはそんな奴いないって思ってる。今だって思ってる───でも、最初は確かにいたはずなんだ」

「はず?はずってなんだよ」

「そう。お前の言う幼馴染はいた。オレたちとよく遊んでいたとも思う。仲が良かったとも思う。でも、ある時急にオレとお前以外はソイツのことを知らなくなった。いや、ソイツは存在してない、ということになった」

「なんだよそれ」

そんな馬鹿みたいな話があるか?信じられない。でも蒼太は大真面目だ。

「誰に聞いてもそんな奴は知らないと言う。アイツの家だったはずの場所には知らない人が住んでいた。ある日突然、アイツはいなくなった」

「でも、オレとお前はアイツを知ってるだろ?」

「最初はオレもお前と同じでアイツの痕跡を探し回ったさ。でも、結果得られたのは「アイツは存在しない」という事実だけ。それどころか覚えていたはずのアイツの顔も名前も忘れていく始末だ」

「顔と名前……」

「オレは諦めることにした。アイツはもういないんだと。というかそもそもいなかったんだと思うようにした。でも、お前は未だに諦めてない。お前はアイツの最後の一欠片を決して離そうとしないんだ。それでたまにアイツと話した〜とかアイツと会った〜とか言い出す。忘れた方が絶対に楽なのに。覚えてるか?今日だってそのことで喧嘩したんだぞ、オレたち」

「そうだった、な」

三人分、買ってくるのを忘れたって謝ったら蒼太が怒り出して、だから俺は一人でアイスを食うはめになったんだ。

「……アイツのことはもう何もかも分からない。分かる手段もない。でも、お前がアイツに会ったって言うからオレは完全に諦められないんだ」

蒼太の顔が歪む。今にも泣き出しそうに。

「なあ、頼むよ。早く諦めてくれよ。忘れてくれよ。アイツは本当にいなかったってことにさせてくれ。今までの話は全部妄想って言わせてくれ。なりたくないんだよ。友達を忘れた薄情な奴になりたくないんだ」

オレがその言葉に頷くことが出来ればそれが一番良いんだろう。蒼太もアイツもそれを望んでいる。

「……謝っておいてくれって言われた。中途半端でゴメンって」

「なんだよ、それ」

「忘れろ、とも言われた。お前もアイツも忘れてくれって言うんだ。なら、忘れた方がいいんだろうな。でもさ、忘れたくないんだ。忘れられないんだ。あんな変な奴、忘れられるわけないだろ?」

推しカプの部屋の壁になりたいとかバカみたいなことを叫ぶ奴を忘れられる人間はいない。忘れて欲しければそれ相応の態度を取るべきだ。

「もう少し、忘れないでみるよ」

「お前、本当に馬鹿だなあ……」

そうそう、本当にアキちゃんってほんと、馬鹿。

呆れた声は確かに二つだった。

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アイツは推しカプの部屋の壁になりたい 292ki @292ki

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