第45話:先物証書のお話④
木材一トン当たりの先物証書が銀貨一万枚。ここまで価格が上がってしまうと一商業ギルドがこの問題を単独で解決することは不可能になっていた。この状況に至ってしまえばドミオン商業ギルドに残された手段は一つしかない。つまり政治力による問題の解決だ。
一度決断するとドミオン商業ギルドの行動は素早かった。ドミオン商業ギルドはランカラン王をありとあらゆる手段で説得し、四月十五日、ランカラン王から三つの勅命を引き出した。
一.一年間、ランカラン王国内資本の業者が建築資材を国外に持ち出すことを禁止する
二.一年間、ランカラン王国内資本の業者が他国資本の商業ギルドと建築資材の取引をすることを禁止する
三.ランカラン王国内資本の商業ギルドに属さない旅商人は、ランカラン王国資本の業者と建築資材の取引ができるものとする。また購入した建築資材の二割に限り、国外への持ち出しと国外での自由な売買を保証する。但し、タキオン商業ギルド所属の旅商人は例外とする
この勅命は、他国との
そしてこの勅命は、ドミオン商業ギルドが発行した先物証書で手に入れた木材を国外の業者に売れないことを意味していた。つまり、強欲な商人が復興特需を見越して仕入れた大量の木材をシルヴァンに売ることができないことを意味していた。
当然の帰結として、この勅命が出た後、先物証書の価格は大暴落する。この状況に至ってはじめて、ドミオン商業ギルドは過剰に発行してしまった先物証書を、発行した時より大幅に安い価格、つまり、利益が出る価格で買い戻すことができるようになったというわけね。
でも、ここからのドミオン商業ギルドは強かだった。つまり、この暴落した安値で先物証書を買い戻すことを良しとはせず、ランカラン王の勅命が出る前に高値で買い取った手持ちの大量の先物証書を先物市場で売り浴びせたの。そして、この売り浴びせの仕掛けに先物市場は極端に反応する。そう、信じられないくらいの大暴落が起きたというわけね。
そして四月十五日、先物市場において先物証書を買う人はほぼいなくなり、市場最低取引価格である一トンあたり銀貨一枚でもすべての売り注文をさばくことができない、つまり、手持ちの先物証書を自由に売る事ができない状況に陥ってしまった。この状況に至って頭を抱えたのは逃げ遅れた商人たち。彼らは自分でも取り扱うことができない大量の木材の先物証書を抱え、つまり、自分が取り扱うことのできる限界をはるかに超える木材を六月に引き取らなければいけない状況に追い詰められたというわけね。そしてこの状況をドミオン商業ギルドは待っていた。つまりドミオン商業ギルドは、引き取る事のできない大量の在庫を抱えてしまった商人を救済するという名目で、先物証書を無条件で木材千トン当たり銀貨一枚で買い取ると発表したのよね。
四月十五日に先物市場の機能がほぼ停止してから、たった五日後の四月二十日に発表されたこの買い取り案は、多くの商人から賞賛とともに受け入れられ、大量の先物証書は先物市場ではなく、ドミオン商業ギルドの直接買い取りという形で売買されるようになっていった。しかし、この時点に至っても問題がすべて解決したとは言い切れなかった。なぜなら先物市場では、細々ではあるが木材の買い手が存在していたのだから。ちなみにこの買い手にあたるのは、仕入れた木材を確実に使う大工ギルドで、この歴史的な安値を実際に使う木材を安く手に入れるチャンスだと捉えていたみたいね。そして、私はそこに目をつけた。つまり、大工ギルドを通して少しずつ先物証書を買い集めたり、タキオン商業ギルドに安値で買い叩かれるのを嫌った先物証書の所有者から、代理人を通して直接買い取ったりして、なんとか二十万トン分の先物証書を集めたというわけ。
一方、発行した先物証書を一気に安値で回収することに成功したドミオン商業ギルドは、徐々に落ち着きを取り戻していった。でも、五月一日、発行した二千万トン分の先物証書のうち約二十二万トン分の先物証書をいまだ回収できずにいることに気がついたみたい。だけど、ドミオン商業ギルドに勤めているクロリアナによれば、ドミオン商業ギルドは事態を意外と楽観視していたみたい。つまり、ランカラン王国内でしか使えない木材を、ランカラン王国の国内消費量をはるかに上回る木材を、たとえ手に入れたとしても使い道に困るだけだと考えていたみたいね。つまり、最後はドミオン商業ギルドに売りに来るしかないだろうとタカをくくっていたみたいね。
そして先物市場で先物証書を売買できる取引最終日から二週間前の五月十七日。私がランカラン王国内の大工ギルド等を通じて買い集めていた二十万トン分の先物証書の名義を私に変更する手続きを行うと、ドミオン商業ギルドにはさらに大きな安堵が広がった。個人であれば、引き取り拒否をして自分の命を危険に晒す事はないだろうし、ましてや私はドミオン商業ギルドの酒場で働く従業員。どうにでもなると考えたのであろう。この時点でドミオン商業ギルドは、すべての問題が解決したと安心しきっていたのだと思う。
だけど、私は取引最終日である五月三十一日までに先物証書を市場で売ることなく、ドミオン商業ギルドにも売ることなく、六月一日から六月三十日の間に二十万トン分の木材を引き取る権利と義務を確定させて今に至るというわけね。
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第45話補足:相場はどういう時に大きく動くのか?④
https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967605150
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