第44話:先物証書のお話③
自ら準備できる限界以上の先物証書を発行してしまったドミオン商業ギルドが打てる手は、もう一つしか残されていなかった。それは自分が準備できる量になるまで先物市場から先物証書を買い戻すこと。これなら木材の買付を約束した先物証書を、自らの手で破棄することができるから、大量の木材を用意しなくてもいいという訳ね。ただ、ドミオン商業ギルドが発行してしまった先物証書の量は二千万トンと莫大で、自ら現物を用意できる五万トン程度まで先物市場から先物証書を回収することは、誰の目にも困難に見えた。
ドミオン商業ギルドによるそんな無謀な買戻しが始まったと思われるのが三月一日くらい。でも、このタイミングは最悪だった。なぜなら、この木材の高騰の引き金を引いたアルマヴィル帝国とシルヴァンの戦争において、歴史上初めての市街戦が始まったのがちょうどこの時期だったから。実の所、今までのアルマヴィル帝国とシルヴァンの戦争って、城塞を挟んでの攻防戦だったから、たとえ都市が破壊されたとしても、それは攻城兵器で破壊された城塞か、その破られた城塞の後ろにある建物くらいなのよね。だから、厳密には木材の需要は少ないはずで、この戦争が木材価格を大変動させる原因にはなりえないのよね。
でも、先物市場の参加者という生き物は、現地の状況を見ずに憶測だけで商品を売買する。だからこそ、その憶測によって価格は激しく変動するし、だからこそ、まともな人間は先物市場の参加者を賭博者と
そんな高騰した市場では、ドミオン商業ギルドによる先物証書の買い戻し作業は困難を極める。しかしドミオン商業ギルドは、この敏感な先物市場で、先物証書の価格を上げないよう買い戻す努力を忘れてはいなかった。例えば、代理人を立てて少しずつ先物市場から買い戻していたり、先物市場の価格に影響を与えないよう、先物市場が閉まってから、大量の先物証書を持つ商人から直接買い戻したりと、ありとあらゆる努力を惜しまなかったみたい。でも、このカモフラージュも時間が経つにつれ、徐々に先物市場の参加者に看破されていく。つまり、ドミオン商業ギルドは先物市場に
結局、大量の売りが出たら一気に買い取るということを繰り返していれば、どこの業者かは知らないけれど、誰かが大量に先物証書を買い集めていると誰もが考えるし、そんなことをせざるを得ないような状況に追い詰められているのが誰かと考えれば、自ずと答えがでるものなんだけどね。
つまり、そこまで考えが至れば、この実需を上回るバカげた量の先物証書でも、買わざるを得ないものがいる限り価格は上がると考えるし、そうなれば、今この価格で買ったとしても、もっと高くなるに違いないと考える人間も増えてくる。そして、このような状況になれば、ドミオン商業ギルドが先物証書を安く買い叩くことは不可能になるわけで、そうなればドミオン商業ギルドは多少価格が高くなっても、先物証書を買い戻さなければならなくなる。そして、こんなことを繰り返していくうちに先物証書の価格はドンドン跳ね上がり、三月十日には木材一トン当たり銀貨二千枚の高値をつけていた。
このバカみたいな高値の中でも、ドミオン商業ギルドは先物証書の買い戻しを諦めるわけにはいかなかった。ドミオン商業ギルドにしてみれば、発行した先物証書分の木材が用意できなければ、商業ギルドとしての信頼は失墜し、倒産を余儀なくされる。まさに商業ギルドの生死を賭けた取引であったのだから。そう、たとえ大赤字になろうともドミオン商業ギルドは先物証書を買い続けなければならなかったの。でも、強い買い手がいれば、その価格は必ず上がる。そして三月十五日、先物証書の価格は木材一トン当たり銀貨三千枚を超える。そしてこの価格は、この問題に対し一商業ギルドが対応できる限界が近づいていることも示していた。
そして残念なことに、この後の事態はドミオン商業ギルドにとって最悪な方向に向かう。三月三十一日、シルヴァンとアルマヴィル帝国の戦争が終わると、これから待ちに待ったシルヴァン復興に向けた大きな取引が始まるという期待感から先物証書の価格は急上昇、四月一日には一トンあたり銀貨五千枚の高値をつけると、その勢いはもう止まらない。四月五日、アルマヴィル帝国から、シルヴァンの復興事業の混乱をさけるためという理由で「シルヴァンに建築資材を提供できるのはタキオン商業ギルドのみ」という御布令が出されるとその勢いはさらに加速する。すなわち、この大陸で二番目の規模を誇るタキオン商業ギルドならば、いくらでも金を出すという憶測が広がってしまったの。そして四月六日。先物証書の価格は、ついに一トンあたり銀貨一万枚に到達した。
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第44話補足:相場はどういう時に大きく動くのか?③
https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817139559171490176
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