第43話:先物証書のお話②
しかし先物取引もいい所ばかりではない。当然欠点も存在する。それは取引最終日を過ぎたら、先物証書を先物市場で売買できなくなるという点と、取引最終日以降に先物証書を持っていたものは、必ず商品を引き取らなければならないという点だ。つまり私の場合、二十万トン分の木材を六月三十日までに必ず引き取らないといけないという点ね。だけど、約束した商品を引き取れない場合も少なからず存在するわけで、そうなった場合どうなるかが問題よね。例えば、私が二十万トン分の木材の引き取りを拒否した場合、私の保証人たるクテシフォン商業ギルドがすべての木材を引き取る義務を負う。そして契約不履行の私は、十中八九、死刑となる。そう考えると、今回の先物証書による取引って、命を賭けた取引と言うこともできるのよね。
って、話を戻して。このような市場環境において最も利益を得たのは、まちがいなくドミオン商業ギルド。スムカイトの木材市場のほとんどを支配しているのだから、当たり前と言えば当たり前。ちなみにドミオン商業ギルドが始めにした事は、手元にある一トン銀貨五十枚程度で手にいれた木材を、六月に引き渡すと約束した先物証書を発行し、それを銀貨四百枚で売ったこと。ドミオン商業ギルドとしてみれば、先物証書を発行した時点で銀貨三百五十枚の
そして、手持ちの在庫が尽きたドミオン商業ギルドが次にうった手は、これから六月までに仕入れる予定の木材を担保とした先物証書を発行すること。これでまたドミオン商業ギルドの
六月までに手に入る予定の木材をすべて売り尽くしたドミオン商業ギルドが次に考えた方法は、先物市場で先物証書を買い取って、その先物証書で担保された木材を担保にして、新たに先物証書を発行し、それを買取り値より高く売るって方法。つまり、先物市場で先物証書を銀貨六百枚で買い取って、その先物証書で確保した木材分の先物証書を新たに発行し、それを銀貨七百枚で商人に売りつけるという方法。バカみたいな話だけど、当時は木材の価格がうなぎ上りだったから、そんな条件でも喜んで買う商人がいくらでもいたのよね。
でも、こんなことを続けていたら、倫理のタガは簡単に外れちゃう。この件で先物証書を売れば売るほど
食べきれる以上の料理を作ってしまったら、いくら価格を安くしても料理が売れないのと同じで、実需より多くの先物証書を発行しておけば、使うあてのない木材なんて手に入れてもしょうがないと考えるから、必ず価格は暴落すると考えたんだと思う。だから、価格が暴落した時、最悪、取引期限の五月三十一日までに発行した先物証書を買い戻せば、先物証書をいくら先に売っても問題ないと考えたんだと思う。これであれば、わざわざ高い価格で先物証書を先に買って新しい先物証書を売る必要はないし、数の制限なく先物証書を売ることができる。つまり、買う順番と売る順番を入れ替えることによって、先物証書の発行上限をなくしたというわけね。しかも暴落することが分かっているんだから、安い価格で買い戻せることがわかっているんだから、高値で売れるうちに、できるだけ多くの先物証書を発行して売ってしまえという考え、ある一面では正しいと思うしね。
でも、未来というのは、いつも人間の都合に合わせてくれるとは限らない。つまり、どれだけ先物証書を発行してもその価格が落ちる事はなかったの。結局、木材の価格はいつまでも上がり続けるという宗教が、多くの市民を賭博者にして、まだ価格が上がると信じた強欲な賭博者がさらに先物証書を買い増していったの。だって、私が働いていた酒場のお客さんのほとんどが先物証書をもっていたくらい人気だったんだもの。
結局、価格が一向に落ちないことに焦りを感じたドミオン商業ギルドは、その後も木材の現物が担保されていない先物証書を売り続け、気がついた時には、ドミオン商業ギルドが発行した木材の仕入れが担保されていない先物証書は二千万トンを超えていた。
そう、ドミオン商業ギルドは、世界の木材の年間生産量、百二十万トンの約二十倍、月間生産量十万トンの二百倍の木材を仕入れなければならない事態に陥っていた。つまりドミオン商業ギルドは、いつの間にか、世界中からすべての木材を集めたとしても、自分が発行した先物証書分の木材を準備することができない状態に陥っていたの。
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第43話補足:相場はどういう時に大きく動くのか?②
https://kakuyomu.jp/my/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967566547
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