06.強欲のるつぼ

第42話:先物証書のお話①

 タルワールとエルマールをはじめとするシルヴァン予備軍の騎士達は、山賊の遺体を弔う時間が欲しいとのことであった。私は、高潔というか、道徳的というか、騎士道と一括りにしていいものかどうか、うまく表現することはできないけれど、人道的なその行動に感動し、心からの敬意を表した。しかし、それがたとえ立派な行為であったとしても、それに私が賛同しなければならないかといえば、それはまた別の話で、なんというか、さすがに私は自分の命を奪おうとした山賊を弔う気持ちにはなれなかった。


 そんな私の心情を察してか、タルワールとエルマールは私を無理に誘うことはしなかった。つまり私が荷馬車で待っていると伝えると、タルワールは黙ってうなずき、エルマールは「了解です」と短く返事をするのみであった。でもこれって、傍から見たら、私が聞き分けのない子供みたいに見られるのかな。でも、そうだとしたら、なんか納得がいかないというか、わりきれないというか、もやもやした気持ちになっちゃうよね、これ。


 といった感じで私は荷馬車で一人、キャロルと一緒にお留守番。それにしても自分が仕掛けたこととはいえ、命を狙われるというのはさすがに気分がいいものではない。いや、でも、たしかに命を狙われるような事をした私が悪いのかもしれないけれど、そこまで追いつめたのは私なのかもしれないけれど、とりあえずそれは横に置いておけたとして、やっぱり気分がいいものじゃない。今回なんて、私、タイミングが一つでもズレていたら死んでいたわけだしね。


 それにしても、自分が気に入らない契約だから、それを反故にするために命を取りに来るなんて野蛮よね。商人としてのプライドはないのかしら。でも、よくよく考えてみるとタキオン商業ギルドは紳士的だったわね、荷物の木材しか狙ってこなかったわけだし。それに比べてドミオン商業ギルドは、ほんとしつこい。


 二十万トン分の先物証書の件で色々つきまとってくるわけだけど、これ発行したのはドミオン商業ギルドなわけじゃない。自分で大量の先物証書を発行して大もうけしておいて、あとで困ったから安値で買い戻させてくれとか、さすがに都合が良すぎるでしょうに。しかも、私が売るのを断ったら、力ずくとか、殺してでも奪い取るとか、さすがに野蛮すぎじゃない。私だって、この先物証書を手に入れるために相当苦労したわけなんだし。


 ということで、時は今から七カ月前の去年の十一月。アルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンの戦争が始まった十一月中旬からのお話。私が情報収集のためドミオン商業ギルドで酒場の給仕として働き始めたくらいのお話。私が人生を賭けた勝負に出た時のお話。


 この頃、お金に飢えた私たち商人は、アルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンの戦争後の特需で一もうけする事で頭がいっぱいであった。特に戦場がシルヴァンということもあって、周辺の都市で最も大きく、最もアクセスしやすい都市であったスムカイトには多くの商人が集まり、活発な取引が行われていた。そして、大きな需要が見込まれる建築資材の価格は天井知らずであった。


 そして、数ある建築資材の中、商人達に最も人気があったのは木材であった。木材は石材に比べ、軽くて輸送しやすく、加工しやすい。だから木材は、シルヴァンの早期復興に一番必要とされる建築資材になるだろうという憶測が、商人たちの中で広がっていた。


 そのため、スムカイトの木材取引のほぼすべてを支配しているドミオン商業ギルドは大いににぎわい、特に戦争が終わり一息ついて復興事業がはじまるであろう、五月末が取引最終日、六月末を引き取り期限とする六月限の先物取引が、先物市場で最も人気を博していた。しかし強欲な商人達は、なぜ木材そのものを売買する現物取引ではなく、決められた期日に木材を買う権利を売買する先物取引を選んだのか。もちろんこれにも明確な理由がある。


 現物取引は、商品を一度買い取ってしまったらその商品を使う時まで、つまり戦争が終わるまで倉庫に商品を保管する必要があり、維持管理費が発生する。少量の木材ならまだしも、シルヴァンの戦後復興をあてにした木材となるとその量は膨大で維持管理費もバカにならない。しかし先物取引の場合は事情が異なる。例えば、五月三十一日を取引最終日、六月三十日を引き取り最終日とする六月限の先物取引の場合、五月末日で木材を引き取る事を確約する先物証書は先物市場で売買できなくなり、その日以降に先物証書を持っている者の引き取り義務が確定する。つまり六月一日に先物証書を持っている者は、六月一日から六月三十日までに木材を引き取りにくればいいだけなのだ。つまり、木材を引き取るまでは、それを保管する義務を負わないのだ。


 つまり先物取引には大きな二つのメリットがある。一つは引き取り期日まで商品の保管を任せておけるので、維持管理費を最低限に抑えられるという点。もう一つは、商品を市場に提供しなければ売買できない現物取引とは異なり、先物証書、つまり、商品を必ず買うと書いた紙さえあれば、商品がなくても売買が成立するという点。要するに、目の前に商品がなければ売買できない現物取引と違い、将来手に入れる予定の商品を売買できる先物取引は、自由度が高く、フットワークも軽く、値動きも軽いのだ。


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第42話補足:相場はどういう時に大きく動くのか?

https://kakuyomu.jp/works/16817139557982622008/episodes/16817330649967551030

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