第41話:まるで私が山賊みたいじゃない

「エルマール、リツの推測があっているか間違っているかは分からないが、真相を知っておく必要はある。森の中に逃げていった男、なんとか生きて捕らえることはできないか」


 タルワールはエルマールにそう提案するも、エルマールは複雑な表情を浮かべていた。


「もちろん、生け捕りにしたいと考えていますが、相手も相当の手練れに見えましたので、我々の思い通りにいけばいいのですが」


 エルマールはタルワールの提案にそう答えると、タルワールは大きなため息をついてエルマールの意見に賛同する。


「確かに、並の騎士ではなかったからな」


 独り言とも、そうでもないともとれる述懐をタルワールはぼそっと述べた。しかし私は、あの一瞬で三人もの甲冑を着た山賊・・・・・・・、すなわちアルマヴィル帝国の騎士を倒しておいて、何を言っているんだろうと思わないでもなかったが、口に出すことは控えることにした。


 とにかくほっと一息だ。狼に襲われ、山賊に襲われ、散々な事が続いているものの、命にしろ、お金にしろ、とにもかくにも、今でも私の手に運命が握られている状態であるということは、本当に幸せなことだ。ついさっきなんて、本当に死にかけたところだしね。


 それにしても今回の旅、トラブルが多すぎるきらいはあるけれど、総じて楽しいものだと言っていいと思う。いつもみたいに私の行動にいちいち文句をつけてくる人もいなければ、旅の連れ合いもイケメンだし、文句のつけようがない。しかし、そんな楽しい旅も明日で終わる。そして、明日という一日のほとんどは交渉事で消える。それも文字通り命を賭けた交渉で。そう考えると、心からこの旅を楽しむことができるのは、きっと今日が最後なんだろうな、と私はそんなことをぼんやりと考えていた。


「エルマール様、申し訳ございません。この男、激しく抵抗したもので殺してしまいました」


 そう言いながら甲冑を着た山賊・・・・・・・を追いかけていたシルヴァン予備軍の四人が甲冑を着た山賊・・・・・・・の遺体と共に帰ってきた。

その報告に対しエルマールは「そうか」と短く答え、「生け捕りにできなかったのは残念だが、逃げられるよりはマシだと思うことにしよう。幸いこの二人は捕まえることができている。詳しい話はこの二人から聞けばいいさ」と続けて部下を励ましたが、その顔は失意にまみれていた。多分エルマールにも分かっていたのであろう。今縄で縛られている革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は、ドミオン商業ギルドに雇われた山賊であって、エルマールの祖国の敵アルマヴィル帝国の騎士ではないということを。そして、これ以上真相に迫ることが困難であるということを。


 満点の結果であるとは言い難いものの、何とか一段落したと言っていい状況になると、皆、それぞれ自分なりの落ち着きを取り戻していた。しかし、そんな緩んだ空気の中、私は一人緊張感を保っていた。なぜなら、甲冑を着た山賊・・・・・・・が身に着けている甲冑や剣についている紋章に見覚えがあったからだ。


「ねぇ、タルワール。この剣と甲冑についている紋章って、アルマヴィル帝国の紋章で間違いないわよね?」


 そう私が尋ねるとタルワールは「うーん」と唸り、首を横に振る。


「確かに似ているが、俺の知っているものとは少し違う。ただ甲冑の形や剣の形はアルマヴィル帝国兵が持っているもので間違いないと思うが」


 タルワールはそう言って考え込んでしまった。きっと自分の記憶の中にある紋章の形と目の前にある紋章を必死に照合してくれているのであろう。私はそんなタルワールの気持ちを心からありがたいと思ったものの、これ以上私の詮索にタルワールをつきあわせるのは申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。


「いいの、ただ気になっただけだから。ありがとうタルワール」


 私はタルワールに礼を言って、この件についてこれ以上考えることをやめた。私はこの紋章について、十中八九間違いない確信を持っている。今はそれで充分だと考えたからだ。そんなことよりも今大切なことは、この状況を生かしていかにお金を得るかを考えることだ。とりあえず私は、おもむろに山賊の死体が身につけている甲冑を脱がして回収しはじめる。しかし、それを見て慌てふためいたのはエルマールであった。


「リツ殿、何しているんですか、他人から物を盗む行為は、騎士として看過することはできません。控えていただけませんか?」


「何言ってるの、エルマール。どうせ誰かが使うものでもないんだし問題ないじゃない」


 私は真剣な顔でエルマールの言葉にそう答え、作業する手を休めることはなかったが、そんな私を真剣にたしなめるものもいた。もちろんタルワールだ。


「リツがそういう事をするのは予想がついていたんだが、今回だけは、俺に免じて我慢してくれないか。ここにいる故人は、自分の矜持を貫くことを許されず、やむを得ず山賊行為をした人達だ。せめて最後くらいは、名誉ある騎士として、誇りある商人として、弔ってやりたいんだ」


 珍しく正論をいうタルワールに、私は一言も言い返すことができなかった。しかし一方、タルワールは私に対して気を遣うことも忘れてはいなかった。


「あと、商人ぽい話をして申し訳ないんだが、この剣や甲冑はアルマヴィル帝国兵の物だ。戦争が終わった今となっては、こんなものシルヴァンにあふれかえっていて、売っても二束三文にしかならないモノだ。そんな経済効率の悪い荷物を、リツは愛馬に運ばせるのか?」


 うぅ、それはごもっとも。でも、手ぶらじゃさすがに腹の虫がおさまらない。


「そうね。確かにタルワールの言う通り効率が悪いわね。だったら、この剣一本とこのロケットを記念にもらっていってもいい?それくらいは見逃してくれてもいいんじゃない?」


 私がそう言って頼み込むと「まぁ、それくらいなら」と言ってエルマールは折れてくれた。その言葉を聞いた私は、革の鎧を着た山賊・・・・・・・・の胸元からロケットを取り出して、甲冑を着た山賊・・・・・・・が持っていた剣を一振り拾い上げると、それを麻の布で包んで荷馬車に乗せる。


 今日のところはこれで許してあげると心の中で多少の不満を漏らしたものの、とりあえず戦利品を手に入れることができた私は上機嫌であった。

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