第40話:あなたたち、契約金が高すぎる
「えっと、一つずつ説明していくから落ち着いて聞いてね」
タルワール、なんか気になっているみたいだし、ここは丁寧に説明した方がいいかも。そう考えた私は、くどくなることを承知で物事のはじめから説明することにした。
「えっとね。もともとタキオン商業ギルドは、ランカラン王国外の商業ギルドの旅商人が持っている特権、つまり仕入れた木材の二割を自由に売買できるという特権に注目していた。そしてこの特権を使って、できるだけ多くの木材を手に入れたいと考えていた」
「でもこの特権には二つの大きな問題点があったの。一つは自由に売買できない八割の木材が在庫になってしまうこと。しかも旅商人は、街商人と違って街に拠点を持っていないから、木材を一年近く安価で保管してくれる倉庫を見つけること自体不可能なのよ。そしてもう一つは、自由に売買できるはずの木材も自由に売買できないということ。って、ごめんなさい、何言ってるかわからないと思うから、もう少し丁寧に説明するね」
私はそう言って、一呼吸おく。
「確かに旅商人は仕入れた木材の二割を自由に売買できるということになっているけど、売り先はタキオン商業ギルドしかありえない。なぜなら木材を高く売れる街はシルヴァンしかないし、そのシルヴァンで木材の取引を独占しているのはタキオン商業ギルドなんだから、当たり前と言えば当たり前の話なんだけどね。でもそうなると競争原理が働かないの。つまり旅商人はタキオン商業ギルドの言い値で商品を売らなければいけなくなる。こんな不利な状況で木材の取引に手を出す旅商人なんていないのよ。だからタキオン商業ギルドは考えた。もしシルヴァンで確実に
私がそう尋ねるとタルワールは大きく
「そこで、タキオン商業ギルドが打った手は二つ。一つはタキオン商業ギルドに木材を持ち込めば、スムカイトで利益の出る売買を保証する契約をしてくれるという噂を流すこと。そしてもう一つはランカラン王の勅命を避け、スムカイトで売買を保証する仕組みを構築すること。つまり手紙に売買契約書を入れ、それをシルヴァンに届けるという仕組みのことね。この二つが揃ってはじめて、タキオン商業ギルドは私みたいな強欲な商人の琴線に触れる取引を作り上げることができたというわけ」
「でもね。考えてみればすぐに分かることなんだけど、こんな詭弁通るわけがないの。だってランカラン王はタキオン商業ギルドに木材を売らせないために勅令を出したんだから、いくら理屈をこねたところでランカラン王が許すわけがない。こんな情報がランカラン王に伝われば、新しい勅令が下るか、タキオン商業ギルドがランカラン王国内の商取引から締め出されるかのどちらかしかない。政治権力というものは目的を達成するためにいくらでもルールを作り変えられるところに強みがあるの。だからこんな手紙を輸送しているだけという詭弁が通る余地なんて最初からないのよ」
「こんな手詰まりの状態でどうやって木材を手に入れるのか?そこでタキオン商業ギルドが考えたのが山賊を使うという方法だったの。つまり、手紙と木材を輸送している商人を山賊に襲わせて手紙と木材を奪い取る。この形であれば証拠は一切残らない。だってタキオン商業ギルドの台帳に公的に残っているのは手紙の輸送を格安で依頼したという事実だけで、木材の取引履歴は一切残らないんだもの。これであればランカラン王の木材をタキオン商業ギルドに売りたくないという希望は書類上では満たされるの」
「それでね、もし問題があるとすれば、手紙を輸送していた商人か実行犯の山賊から情報が洩れることなんだけど、そもそも手紙を輸送している商人は、自分がランカラン王の勅令に背いて私腹を肥やそうとしている自覚があるから口を割るわけがないし、実行犯の山賊に至ってはアルマヴィル帝国の正規兵だからね。規律はしっかりと守られているからここから漏れることもない。というわけで、ここからあとは簡単な話。山賊役を引き受けたアルマヴィル帝国兵が奪った木材をタキオン商業ギルドが手に入れて、それをシルヴァンで高値で売りさばいてメデタシ、メデタシというわけね。けっこう考えられているでしょ」
私はここまで一気に話しきってしまったので、上手く伝わったかどうか自信がなかったものの、タルワールは私の話を聞いて
「リツの説明で、タキオン商業ギルドが何を考えていたかを理解することはできたんだが、俺が分らないのはリツの行動さ。つまり、リツはいつシルヴァン予備軍と契約しようと考えたんだ。タキオン商業ギルドが手紙の契約をしてくれなければ、この話はすべて空振りになったわけだよな」
「そう、今回苦労したのは、まさにそこなのよ。私がシルヴァン予備軍と契約したタイミングは本当にギリギリだった。私がシルヴァン予備軍と契約をしたい旨をクテシフォン商業ギルドに伝えたのは、タルワールとの契約が終わった直後、クテシフォン商業ギルドに今回の取引の概要を説明した時だったの。そこから最速でシルヴァンに早馬を出して、その日の晩、つまり六月一日にシルヴァン予備軍と契約したの」
私の話を聞いて驚いたタルワールは「そうなのか?」とエルマールにとっさに尋ねると、エルマールは「えぇ」とすぐにその事実を肯定する。
「だからね、本当にギリギリだったの。さっきも言ったけど、この契約が成立したことを私が知ったのは六月二日の午前中、ギャンジャの森に入る直前、アラス川の
私は再び事実をタルワールに伝えたものの、タルワールはますます納得ができない表情を浮かべていた。
「いやいや今回たまたま上手くいったからいいようなものの、上手くいかなかったらどうするつもりだったんだ。こんなギリギリのスケジュール、さすがに無茶苦茶すぎるだろう」
私はタルワールのもっともな疑問に対し、すべてが事実である以上、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「おかしい所は他にもある。たとえばリツの二十万トン分の先物証書を奪いに来た
「あぁ、それは簡単な話。さっきも説明したけれど、ドミオン商業ギルドから私が出した手紙にそう書いておいたのよ。青い箱に先物証書を入れてシルヴァンに持って行くって。そしてドミオン商業ギルドの人たちがその中身を見たから知っていた、それだけよ」
「いやいや、そうなるとますますわからん。なんでリツはそんな事をしたんだ。それって、わざわざ命を狙ってくださいって自分で言っているようなものだろ」
タルワールは続けてそう質問する。
「確かにその通り。でもこれは、この二十万トンの先物証書に対してドミオン商業ギルドが対抗策を持っているかどうかを確認するための手段だったの。つまり今回みたいに力ずくでドミオン商業ギルドが先物証書を奪いに来なかったら、なにかしらの対抗策を持っていることになるわけで、そうなると他の策を講じる必要があるからね」
私がそう言い終わる前に「あきれた話だな」とタルワールとエルマールは声をそろえる。
「つまり、リツはドミオン商業ギルドとタキオン商業ギルドが雇った山賊が自分を襲うことを予測して、シルヴァン予備軍と契約したってことだろ。だったら俺と護衛契約をする必要なんてなかったんじゃないのか?」
「そんなことないわよ。ギャンジャの森で一人で夜を過ごすなんて怖くてできなかったし、それに酒場の常連さんからも勧められていたし、なによりタルワールって、ほら」
私はそこまでは言葉にすることができたのだけれども、それ以上は恥ずかしくて言えそうにないことを一瞬で理解した。だめだめ、話をそらさないと。
「タルワールにしたって、エルマールにしたって、私からメチャクチャ高い契約料をとっているじゃない。せめてお金の分だけでも働いてもらおうというのは商人として当たり前の感覚、だから、こんな無茶くらいするわよ」
私は二人にそう強く主張したものの、この場において、私の意見に賛同してくれる人は一人もいなさそうであった。
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