第39話:難局をこえて

 よかった、なんとか間に合ったみたい。あ、いや、ぜんぜん間に合っていないけど、でも、なんとか死ななくてすむかも。私は喉元に突き付けられた剣先に震えながらも、危機を脱することができそうな状況に少しほっとした。


「そこの男、剣をおろせ!」


 シルヴァン予備軍のリーダーと思われる男は、私に剣先を向けている革の鎧を着た山賊・・・・・・・・の背中に剣先をつきつけると、語気を強めてそう命令した。私に剣先を突き付けていた革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は、あまりにもの展開の速さに理解が追いつかなかったのであろう。直立不動のままピクリとも動かない。しかし、しばらくしてガシャンという鈍い金属音と共に革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は、その手に持っていた剣を手放すと両手を空にむける。そしてその瞬間、私は地面に落ちた剣を拾い上げ、シルヴァン予備軍の騎士たちの後ろに一目散に逃げ込んだ。


「さて、そこの二人はどうする。投降するもよし、我々と戦って死ぬもよし。好きにしろ」


 残った二人の山賊はしばらく固まって動かなかったが、革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は観念したかのように剣を地面に投げ捨て、両手を上げて投降する。しかし甲冑を着た山賊・・・・・・・は異なる行動を選んだ。つまり一目散に森の中に逃げ込んだのだ。


 しかしそれを見たシルヴァン予備軍の動きは素早かった。シルヴァン予備軍の九人の内四人の騎士が何も言わずにタルワールの横を走り抜けると、あっという間に逃げた甲冑を着た山賊・・・・・・・との距離を詰めていった。これならば甲冑を着た山賊・・・・・・・が捕まるのも時間の問題であろう。タルワールはそんな様子を横目で見ながら地面に置いた剣を拾い上げると、自分の剣を鞘に収め、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。


「エルマール、助かった。今回ばかりは俺もダメかと思ったからな」


 え、知り合い?と私は一瞬驚いたものの、タルワールは元シルヴァンの騎士だ。シルヴァンの元騎士で結成されているシルヴァン予備軍の面々と知り合いであってもなんら不思議ではない、か。


「本当ですか?どう見ても一人で大丈夫そうでしたが」


 エルマールは、タルワールが一人で仕留めたと思われる地面に伏している五人の山賊の遺体を見つめながら呆れ顔でそう答える。


「ところでエルマール。おまえら、どうしてここにいるんだ?」


「最近ここら辺の治安が悪いと聞いていたので、見回りに来ただけです。たまたまですよ」


 タルワールの問いにエルマールは、差し障りのない答えを差し障りのない笑顔で伝えたものの、タルワールの追及はそこで終わることはなかった。


「嘘をつくな、ここら辺は山賊が出て危険だからシルヴァン自治政府から警備をしなくてもいいと言われているはずだ。しかも、いくら自由通行権があるとはいえ、ここはランカラン王国領だぞ」


「それはそうなのですが、やはりシルヴァン復興のために尽力してくださる旅商人の皆様を護衛するのも、我々の使命でして」


 そう苦しそうにエルマールは答えたが、タルワールの眼光の鋭さを見て「ふぅ」とため息をつく。どうやらエルマールは観念したようであった。


「シルヴァン予備軍、第一連隊長殿には隠し事はできませんね。じつは我々はそこにいるリツ殿に雇われてここに来ているわけでして」


 そう言ってエルマールは状況を説明し始めたものの、すぐに私の声とタルワールの声でその説明は妨げられる。


「リツ、お前、俺以外の護衛を雇っていたのか?」


「タルワール、公職の身であるのに私の護衛なんかしていていいの?」


 私とタルワールは驚きのあまりお互いに質問をぶつけあう。いやまぁ、私の質問はこの際どうでもいいとして、タルワールの質問には答えておかないとね。


「ごめんなさい、タルワール。シルヴァン予備軍を雇ったのは私。タキオン商業ギルドが雇った山賊、つまり、この人達に襲われることを事前に予測していたから準備をしておいたの。つまり、あらかじめシルヴァン予備軍の皆様にこれくらいの時間にギャンジャの森に来てくれるようにお願いしてあったというわけ。ただドミオン商業ギルドが雇った山賊が同じタイミングで襲ってくるのは予想外だったんだけどね」


「そりゃそうだ。俺も山賊のダブルブッキングなんて初めて見たぞ」


 タルワールは上腕が一直線になるように腕を強く組むと、その強さに負けないくらいの力強さでうなずいてみせた。


「しかし、リツ。いつシルヴァン予備軍と契約をしたんだ?この旅の間、そんな素振り一つも見せなかったじゃないか?」


「いやいや、そんな事もないのよ」


 私はタルワールの疑問に対し首を左右に振った。


「私たちがギャンジャの森に入る前、ウォルマーが早馬で私に手紙を届けに来てくれたこと覚えてる?あそこでもらった証書が、シルヴァン予備軍との契約を完了したことを示す証書だったの。つまりギャンジャの森に入る前、私がだらだらと時間稼ぎをしていたのはそれが理由。山賊に襲われるのが分かっていて、安全を担保できない状態で森に入るほど私は間抜けじゃないわよ」


 私がそう笑って答えると、タルワールは両手のひらを私の前に突き出して「少し待ってくれ」と言って私の話を切った。


「リツ、すまないが状況を整理させてくれ。まず、革の鎧を着た山賊・・・・・・・・、あれはドミオン商業ギルドの手のものでいいんだよな。それは俺でも推測ができることだ。しかし、なんであいつらはリツが二十万トン分の先物証書を持ってきていることを知っていたんだ。しかも青い箱とか具体的な場所まで知っていたのは、さすがにおかしいだろう」


「それは簡単な話。私がドミオン商業ギルドで出した手紙にそう書いておいたから。どうせ中身を見られるだろうと思っていたから、意地悪してろう付けをしておいたんだけど、私を殺してしまえば手紙の中身を見たこともバレずに済むと考えたわけね。ほんと私ってドミオン商業ギルドにここまで恨まれているなんて知らなかった」


 私はそう言って軽く笑ったものの、タルワールの顔に笑顔は一切なく、真剣な顔を私に向けて再び尋ねてきた。


「すまない、リツ。状況が整理できない。最初から分かるように説明してくれないか?」と。

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