第38話:わたし、死んじゃうかも

「タルワール、ちょっといいかしら?」


 私がそう言って荷馬車から降りようとすると「そこの女、余計な動きをするな。そこから動いたら、殺すぞ」と革の鎧を着た山賊・・・・・・・・のリーダーが大きな声で私に怒鳴りつける。しかし私はその男のあまりにもの理不尽な言葉に思わずムッとする。


「そんな脅しきかないわよ。あなた、さっき私の生死を問わずにスムカイトに連れて帰ると言っていたじゃない。その時点で私を殺す気満々のくせに、今さら動いたら殺すとかバカじゃないの」


 私は私ができる限りの大きな声でそう叫ぶと、ショルダーバッグから革袋を取り出して、タルワールに手渡した。


「リツ、これは?」


「シルヴァンで渡す予定だった銀貨五十枚、私がここで死んじゃったら契約が果たせなくなっちゃうから。契約だと私が死んでも荷物が無事だったらお金を払わないといけないし、これはそういうお金」


 私が真剣な顔でタルワールにそう告げると、タルワールは急に大きな声で笑いだした。


「なに笑ってるの。こっちは真剣なんだから」


 私はすぐに反論する。そして、そんなムスッとした表情をしている私に、タルワールはそっと近づいて小声でゆっくりつぶやいた。


「いいかリツ、よく聞け。こいつらに木材を渡すフリをして、馬を荷馬車と切り離しておくんだ。その後、俺が合図と同時にこいつらに切りかかるから、その隙に馬に乗って逃げるんだ。こいつらは武器や防具を持っている。しかしお前は身軽だ。馬に乗って逃げればたぶん逃げきれるはずだ。いいか、これがリツがこの場で生き残れる最後のチャンスだ。しくじるんじゃないぞ」


 タルワールの鬼気迫る言葉に私は思わずうなずいた。


「でも、タルワールはどうするつもりなの?これだけの人数、一人で相手にできるの?」


「見たところ、この中で俺とまともに切りあうことができるのは、さっき切りあった甲冑の男だけだ。それ以外であればなんとかなる。なぁに、山賊同士、同じものを狙っているんだ、お互い潰しあってくれる可能性もある。俺にも生き残るチャンスくらいは残っているさ」


 タルワールはそう言うと、今度は「早くしろ」と短く言って私に行動を促した。私は無言でうなずいて荷台に向かって歩き始める。


「そこの女、動くなと言っただろ、聞こえなかったのか?」


 革の鎧を着た山賊・・・・・・・・のリーダーは再び私に凄んでみせたが、土壇場で肝が据わってしまった私にはなんの効果ももたらさない。


「なに言ってるの、あなた達がうるさいこというから青い箱を取りに行くんでしょ。本当にこれが欲しいのなら少しは黙っていなさい」


 そう私が一喝すると、山賊たちは水を打ったかのように静かになる。私もなかなかやるじゃない。あ、いやいや、今はそんな自分に感心している場合じゃない。

私は青い箱を探すフリをしながら時間を稼ぐ。時間さえ経てば、もしかしたら私が打った山賊対策が間に合うかもしれない。そうなれば私もタルワールも助かるかもしれない。しかし時間を稼ぐにも限界はある。山賊だって他の人に自分の顔を見られるわけにはいかないんだから、それこそ早馬が来たらそれはそれで困るんだから。


「あなた達が探しているのは、この青い箱でいいかしら?」


「それだ、それをこちらによこせ」


 甲冑を着た山賊・・・・・・・革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は声をそろえて答える。ほんと、ムダに息ぴったりね。


「なら、この青い箱はここに置かせてもらうから。あとで勝手にとりにきて」


「次に木材だけど、今、荷馬車と馬の連結を解くから少し待ってて」


 そう言って私はタルワールに言われた通り荷馬車とキャロルの連結を外す。


「いまだ!」


 タルワールはその瞬間を待っていたかのように声を上げると、同時に甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーの首元に剣を突き立てた。「ブシュ」という鈍い音と共に甲冑を着た山賊・・・・・・・のリーダーの首元から血しぶきが立ち上がり、力をなくしたその体はその場に崩れ落ちる。そして、それがタルワールと革の鎧を着た山賊・・・・・・・・甲冑を着た山賊・・・・・・・の殺し合いが始まる合図となった。タルワールは再び剣を一閃し、革の鎧を着た山賊・・・・・・・・の一人を切り倒すと、続けざまの斬撃で甲冑を着た山賊・・・・・・・の一人を切り落とす。そして残った山賊は、革の鎧を着た山賊・・・・・・・・三人と甲冑を着た山賊・・・・・・・二人になっていた。


「何をしている、リツ。早く逃げろ」


 タルワールの早業に呆気にとられていた私であったが、その一喝ですぐに我に返る。


「今すぐ逃げなきゃ」


 私はそう独り言をいうと、キャロルにつけてあった鞍に飛び乗り、あぶみに足をかけ、手綱を短くもつと「はっ」と一声かけてキャロルのお腹を蹴る。キャロルが私の指示通り走り始めたと思ったその瞬間、大きな衝撃が私の背中を襲う。


 革の鎧を着た山賊・・・・・・・・が剣の腹で私の背中を強く打ちつけたのだ。その衝撃をまともに受けた私は一瞬でバランスを崩し、地面に強く叩きつけられた。「げほ、げほ」あまりにもの衝撃でうまく呼吸ができないでいた私が、やっとの思いで呼吸を整えた時、私の喉元には銀色の刃が突き付けられていた。


「生死は問わないと言われているが、生け捕りの方が報酬が高いからな。悪く思わんでくれ」


 革の鎧を着た山賊・・・・・・・・がそう言うと、私は黙って両手をあげた。


「手間取らせやがって」


 そう言いながら革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は私のお腹を強く蹴り上げると、タルワールに向けてテンプレートのセリフを吐く。


「そこの男。この女の命が惜しければ、武器を捨てておとなしくしてもらおうか」


 その声を聞いて初めて状況を理解したタルワールは、すぐにその剣の動きを止める。そしてそのタルワールの動きに呼応するかのように、タルワールと剣を交えていた二人の山賊の剣も止まった。いつの間にか革の鎧を着た山賊・・・・・・・・は私に剣を突き付けている一人も含めてあと二人、そして甲冑を着た山賊・・・・・・・に至っては残り一人になっていた。


 なにタルワール、こんなに強いのなら逃げる必要なかったじゃない。と心の中でタルワールに悪態をついたものの現状は変わらない。タルワールは私に「すまない」と一言いうと、手に持っている剣を静かに地面においた。まさに万事休すと思ったその瞬間、私の後ろから大きな声が響いた。


「我々はシルヴァン予備軍のものだ、全員武器を捨てろ。指示に従えばよし。従わなければ、我々が相手になろう」


 私が思わず振り返ったその先には、甲冑で全身を武装した九人の騎士が立っていた。

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